天文世界 21

 辺境の地と言えども解放軍の噂はバレリアにも届いていた。そのメンバーの一人にテオ大将軍の一人息子がいるということも。最初は年頃の少年によくある世間への反抗の延長線ではないかと思いもしたが、実際こうして会ってみればその考えは打ち消される。目の前の現実から決して目を背けようとしない真っすぐな瞳は、とても感情に突き動かされただけの少年のものではなかった。現在リーダー代理らしいが、本隊と別行動をとっているオデッサより彼の方がずっとふさわしいのではないかと思ってしまう。

「バレリアさん、クワンダ殿がエルフの村を襲い始めたのはいつですか?」

 バレリアがそんなことを考えているのを知ってか知らずか、ティルは少々気にかかっていたことを尋ねた。
 ティルとクワンダが直接話したことはほとんどないが、彼が一族を根絶やしにするような苛烈な印象を受けたことは一度もない。父から聞いた話でも武人特有の硬派な性格ではあるが、決して残虐な性格ではなかった。

「以前からしばしば反乱を起こすエルフの鎮静は行っていたが、今のように徹底的に叩きつぶそうとしたのは割と最近だな。あれは確か……。」

 バレリアが思い出すように言ったのは、丁度レナンカンプの事件があったころだった。帝国は解放軍に限らず国の不穏分子を徹底的に排除するつもりなのだろうか。

「クワンダ将軍も国から命じられて動いている可能性も高い……?」
「確かに最近のクワンダ将軍は人が変わられたかのようだが、そのような話は聞いたことがないな。」

 ならばどうしてクワンダが突然そのような行動をとるようになったのか。それが分かれば解決の糸口になるかもしれないと考えたものの、情報がない中では推測しようもなかった。




 ドワーフの村はエルフの村から北東の山脈を超えた先にあり、その旅は数日がかりのものとなる。事の経緯をしたためた手紙をロゼッタの魔術でマッシュのところまで転送し、一行は急ぎ足で出発した。焦魔鏡がどのようなものでいつ完成するか分からないが、ゆっくりしている暇がないのは確かである。
 その道中コボルトの村でも見かけたクロミミとすれ違ったが、こちらにも目もくれず彼は山を下りて行った。どうやら彼も仲間の病気を治す手がかりを探しにドワーフを訪ねたようだが、何も得るものがなかったようである。ドワーフを悪態をつきながらも諦めないとつぶやくその後ろ姿は必死な気持ちが感じられた。
 そうしてたどり着いた谷間の村はあちこちに風車が建てられており、ドワーフの技術力の高さが伺える街並みだった。村で見かける彼らはずんぐりとした見た目に反して手先が器用な一族である。そんなドワーフに教えを乞う人間の職人たちも少なくないのもあって、人間慣れしたドワーフはやってきた彼らを露骨に邪険な扱いはしなかった。

「ほっほっ、こりゃ珍しい。人間とエルフが仲良くこのドワーフ鉱山に何のようかな。」
「ドワーフの長老、貴方にお願いがあってきました。」
「誇り高いエルフがドワーフにお願いときたか。」

 一見ほがらかな笑みを浮かべる長老だが、キルキスを見るその目は剣呑な色を含んでいる。ドワーフとエルフの仲が悪いのはどの世界でも変わらないらしい。

「長老、焦魔鏡という名前は知っていますよね。」
「それはもちろん。ワシらの宝の一つのだからな。」
「その設計図がクワンダ・ロスマンが手に入れ森を焼き払おうとしているのです。」
「ほう、それはそれは。」

 バレリアの訴えに長老は全く動じた様子も見せず、それどころかわざとらしい笑みを浮かべる。

「愉快な話じゃないか、エルフなど焼き殺されてしまえばいい。」

 瞬間、部屋中が静電気に覆われたような空気が流れた。いくら先祖代々険悪な種族だとしても、直接的な因縁があるわけでもない本人を前にしてよくそんなことを言えるものだ。

「それにウスノロの人間なぞがワシらから設計図を盗めると思えん。」
「しかし確かにカゲという名の男が設計図を盗み出したのです。」
「ほっほっほ、それなら試してみるか?ワシらの金庫から設計図を盗み出せるかどうか。」

 それでも食いつくバレリアに長老は好戦的な笑みを浮かべる。それに堂々と頷いたはティルだ。

「それで信じてくださるのなら、今すぐにでも。」
「よほどの自信家のようだな。そこまで言うなら金庫から流水棍を盗み出してみるといい。それができたらお前らの話を信じてやろう。」

 金庫はドワーフの村から北にある。大きすぎて町中には作れなかったのだ。



 大きすぎて村には作れなかったと聞いた時点で妙な予感はしていたが、それは金庫というよりもはや一つの迷宮だった。パズルのような仕掛けに、襲い来る警備ロボットや、すっかり住み着いてしまったモンスター達。これにはレパンド家のからくり屋敷もびっくりだ。

「絶対に途中で作るのが楽しくなってきたやつだろ。」

 シーナがそう呟くのも無理はない。彼にはジュッポ同様テンション高めにギミックを作成するドワーフの姿がありありと想像できた。宝を守ると言う意味も確かにあるのだろうが、半分は職人の道楽だろう。ピコポンスイッチにいたっては堂々と答えを書いているようなものである。
 もっともこちらはこちらでロゼッタがテーマパーク感覚で謎解きをしていたのだが。こんなときでも自分のペースを崩そうとしない彼女はある意味頼もしかった。
 ティルが流水棍をもってドワーフ長老のもとに戻ると、流石に信じるかないようだと頷いた。そして焦魔鏡がどのようなものなのか語りはじめた。

「焦魔鏡はその名の通り大きな鏡であり、太陽の光を凝縮し一瞬で当たりを焼き尽くす恐ろしい兵器じゃ。だがわしらのもつ宝の一つ、風火砲を使えば一瞬で粉々にできるだろう。」

 しかし現在ある風火砲はただの設計図でしかなく、完成させるには少なくとも数日かかる。その間、ティル一行は一度エルフの村に戻ることにした。今度こそ彼らもキルキス達の話に耳を傾けてくれると信じて。

ドワーフの知恵
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