天文世界 11
マッシュがいるセイカの村に行くにはクワバの城塞を超える必要があったが、テオと旧知の仲でもあるアイン・ジードが守る場所だった。ビクトールやロゼッタはともかく、ティルの顔もよく知る人物だ。しかしグレミオの機転により何とか関所を脱することできた。
「(アイン殿はきっと分かってて見逃してくれた。)」
そのことにティルも気が付いていたけれど、振り返ることなく真っすぐ歩く。それこそが彼に対する礼だと理解していたからだ。 それから更にしばらく南に歩いた場所に、セイカの村はあった。瓦屋根と竹藪の村は北に比べ穏やかな空気が空気が流れている。そしてそこには既に懐かしくなった顔もあった。
「マリーさん!?」 「おや、ティルじゃないか!無事だったのかい。」 「なんでマリーさんがここに?」
マッシュを探す前に今晩の宿を取りにいくと、グレッグミンスターにいるはずのマリーがいた。ロゼッタが理由を尋ねると、ティル達を匿っていたことがバレて帝都から追い出されてしまったそうだ。
「マリーさん、すみません……。」 「いいよいいよ、謝らなくたって。別にあたしは恨んじゃないし、これも運命ってやつさ。」
宿屋を避難地に選んだグレミオは責任を感じて謝罪するが、彼女は気にするなと笑う。街を追い出されて苦労しているのは事実だろうに。
「それにあんた達のことは風の噂で聞いてるよ。セイカには仲間を探しに来たのかい?」 「仲間というか……、マッシュという人を探しに来たんです。」 「マッシュ?彼なら北にある大きな家で寺子屋をしているって聞いたことがあるね。」
しかし彼に一体何の用だってんだいと、マリーは首を傾げるのだった。
マリーから得た情報を頼りに寺子屋を訪ねると、オデッサと同じ茶色の髪を持つ糸目の青年が庭の掃除をしていた。彼こそがオデッサの言っていたマッシュであった。
「オデッサさんの遺言でこのイヤリングを渡しに来ました。」 「そうですか……、あんなことに首をつっこんだばかりに。」
ティルに差し出されたイヤリングにマッシュは彼女の死を悟り、悲し気な顔を浮かべる。いい娘だったのにいつかはこうなると思っていたと語る彼は、オデッサが何をしていたか知っていて、以前からその活動に反対していたことが伺えた。
「そのイヤリングは受け取れません。お帰りください。」 「ですが俺達は、」 「もはや私とオデッサは何の関係もないのです。」
これ以上話すことはないとマッシュはティル達に背を向け、家の奥へ入って行った。 ビクトールはそんな彼になんて奴だと憤慨するが、何やら複雑事情がありそうである。無関係だと言うがオデッサの死に思うものがあるのは明らかだ。 彼にも考える時間が必要だろうと、寺子屋から宿まで戻る道中である。
「おら!!どけどけ!」
帝国兵たちがティル達にも目もくれず寺子屋に乗り込んでいったのだ。何事だとティル達は彼らの後を追いかける。 そこには子供を人質にマッシュに迫る帝国兵の姿があった。
「マッシュ・シルバーバーグ。あんたには帝国軍に戻ってもらう。カレッカの戦いの立役者である名軍師がこんな田舎のひなびた村でくすぶってるのもおかしな話だろう?」
シルバーバーク。オデッサと同じ苗字は彼が血縁者であることを示していた。しかしもう争いごとに関わるつもりはないと、帝国の要求を切り捨てる。
「ああ、そうかい。あんたがそういう態度をとるならこの子供がどうなってもいいんだな。」
それでも人質をとっている帝国兵は、生きて帰ってこれるかも分からないバナー鉱山送りするのもいいだろうと下卑た笑みを浮かべる。卑怯な手で人を仲間に引き入れようなど下策も下策である。しかし教え子が人質に捕らえている以上、マッシュも下手に動けないのも事実だった。
「なんか随分とまずい雰囲気ですよ。どうしますか、坊ちゃん。」 「助けるに決まってる。」
おろおろとするグレミオにティルは力強く返し、彼らの会話に分け入るように身を乗り出した。そんな彼にらしいとビクトールとクレオも追従する。グレミオとロゼッタもそれを止める気はさらさらない。見ていて胸糞が悪く感じたのはここに居合わせた全員だ。
帝国兵を追い払ったティル達にマッシュは子供たちになんてものを見せるのだと責めたくなった。しかし彼らがいなければこの窮地を脱することができなかったのも事実である。 帝国兵が言っていたカレッカの戦い。それこそが彼が軍師を止め、世捨て人ととなった全ての原因である。今から約10年前都市同盟国軍が帝国領土カレッカでおこした虐殺がきっかけで始まったとされるその戦いは、彼の叔父であるレオンが自軍の士気をあげるための自作自演だったのだ。 当時の彼はまだ若く、その策に物申すほどの実績も実力もなかった。それでも責任を感じた彼は前線を引き今にいたるのである。妹のオデッサはそんな彼を臆病者と罵った。力を持つのに何故それを人のために役立てようとしないのかと。 それでもマッシュはもう自らの行いで誰かが死んでいくところを二度と見たくなかった。敵であれ味方であれ。 そして今回の件でそれが間違っていたことを思い知った。彼が行動しようとしまいと争いは起こるし、それに巻き込まれない保証などどこにもないのだ。ならば少しでも自分で選択し続けるほうがずっとましだ。
「私も今日この時からオデッサが目指したものを目指しましょう。」
それこそが軍師として生まれ育ったマッシュの果たさなければならない責務なのだ。
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