天文世界 12
オデッサがティルに渡すよう頼んだイヤリングには小さな地図が埋め込まれていた。今はなき解放軍のアジトである。
「おそらくオデッサは本当は貴方に託すつもりだったのでしょう。自分の後継者として。」 「後継者?兄であるマッシュさんではなくて僕が?」 「マッシュで構いません。私はとてもリーダーとなる器ではありませんから。」
マッシュはあくまで軍師であって将ではない。知恵を貸すことができても大勢の人を率いることはできない。オデッサが彼にセイカに向かわせたのはマッシュにティルの手助けをさせるためだったのだろう。
「貴方の目は人を惹きつけるものがある。人を導く才がある。」
それはサラディの夜、オデッサにも言われた言葉だった。
「……正直突然そんなことを言われても、俺にそんな才があると思えないし自信もありません。」
グレッグミンスターを旅立ったころからティルはずっと迷ってばっかりで、今でも本当に正しい選択をしているのか不安だらけだ。
「俺は1人では何もできないし、きっと貴方や皆に迷惑を沢山かけると思います。そんな俺でもいいなら……、俺がリーダーになりましょう。」
オデッサが見たかった世界はティルが夢見る世界でもあった。マッシュが覚悟を決めたらならば、ティルもそれに応え覚悟を決めなければならない。
「自分の弱さを知る。そんな貴方だからこそ力を尽くしたいと思えるのです。」 「そうそう、完璧人間なんて近寄りがたいだけだし?」
マッシュに同意するように笑いながら、ロゼッタがティルの背中を叩く。リーダーだからといって一人で全部背負い込もうとされるほうが迷惑だ。
「グレミオ、クレオ、どうするよ。お前ら帝国に戻れなくなっちまったぜ。」 「私は坊ちゃんの行く道についていくだけですとも。」 「私も腐り切った帝国の奴らには愛想がつきたところなんでね。」
茶化すビクトールに二人は反対するつもりはないと笑う。そうとなれば早速これからのために行動しなければならない。今この時も至るところで人が救いを求めているのだから。 まず最初にやらなければならないのは散り散りになったであろう解放軍の再結集と新しい人員の確保。そして帝国軍の攻撃に耐えられるような強固な拠点が必要だ。
「トラン湖の湖上に今は廃墟となっている城があります。まずはそこを抑えましょう。」
マッシュは他にやるべきことがあると一時別行動をとることになり、ティル達は湖のほとりにあるカクを目指した。
トラン湖に浮かぶ城は遠目に見ても深い霧に包まれていた。湖に繋がる河川のおかげで、その気になれば帝都まで航海できそうなその場所は、船に乗らねば攻め込むことができない天然城塞である。そんな場所が長らく放置されていたのは当然訳があった。
「あんな場所に行くなんて命がいくつあっても足りないよ。」
並の武人では歯が立たない凶暴なモンスターが住み着いているからだ。船乗りが多いカクの町で孤島まで送ってほしいと頼んでもことごとく断られている。この辺りでは忌地として評判のようで、他所の町でも同じような結果になりそうだ。
「しかし私達は船を持っているわけではありませんし……。」
自力で行けたら話は早いのだが、グレミオの言う通り足のないティル達には不可能である。せめて船を借りるだけでも出来たらいいのだが。
「とりあえず酒場に行こうぜ。そこに物好きのタイ・ホーって船乗りがいるらしいからな。」
もしかしたらその男なら承諾してくれるかもしれないと提案したビクトールに頷き、一行は船乗り場の近くにある酒場へ向かった。 そこでまさかグレミオが借金取りに絡まれるとは思わなかったが。
「ここがあったが百年目!グレミオ、ツケにした分はしっかり払ってもらおうか!」 「ま、ままま待ってください!ツケって何のことですか!?」
心当たりがないと叫ぶグレミオに、赤髪の女性カミーユはこれが証明だとマクドール家の印が押された紙を突きつける。どうやら以前テオと共に宴会したときの代金を請求するため、わざわざグレッグミンスターからここまで追いかけてきたようである。
「……すごい執念だね。」
流石自ら夜叉と名乗るだけはあるとクレオは場違いにも関心する。 明細書に書かれた金額はゼロがいくつも並んでおり、お尋ね者である彼らがとても払えるものではない。グレミオよりテオに請求したほうが確実だろう。きっとテオもそのつもりだったはずだ。 それでもわざわざグレミオを追いかけてクワバの城塞を超えたのは借金だけが理由ではなさそうだ。
「もしかしてカミーユさんってグレミオさんこと心ぱ」 「別にグレミオのお仲間であるあんたに払ってもらっても構わないんだよ。」
それを指摘しようとしたロゼッタの頭をカミーユが鷲掴む。しかし赤い顔で凄まれても大して怖くないとロゼッタはニヨニヨするだけだ。もっともある意味坊ちゃんしか眼中にないグレミオは彼女の本心に気が付いていないようである。どことなくカオスな状況にティルは苦笑いを浮かべるしかない。 ともかくカミーユは借金回収するまで諦めるつもりはないと、グレミオ達と共に行動することになった。
条件のチンチロリンに勝ち、タイ・ホーの協力を得た一行は、早朝から例の孤島へ向かった。まさかティルのギャンブル運があそこまで強いとは思いもしなかった。瞬殺されたタイ・ホーにロゼッタが内心同情したのはここだけの話だ。 空に突き抜けるように背を伸ばす岩の塔の内部は噂通り血の気盛んなモンスターたちが住み着いていた。ここを安全な拠点をするためにはそれら全てを駆逐するか追い出さなければならない。 特に厄介だったのは最奥を陣取るドラゴンゾンビだった。こちら側を焼き尽くさんと放たれる青白い炎のブレスは強力で、ロゼッタは傷薬に神聖術と回復に追われ攻撃する余裕もない。クレオの炎の紋章で弱点をつけなかったらジリ貧で絶滅していただろう。それだけ激しい戦いだった。
「で、そろそろあんたらの事情ってのも聞かせてくれてもいいんじゃないか?」
そのおかげで手袋はただの布切れと化し、ティルとロゼッタの秘密がビクトールにバレてしまったのだが。
「全部話すよ、俺達がどうして帝国に追われるようになったのかも含めて。」
解放軍のリーダーになる以上、近いうちに話すつもりだったことだ。
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