Patriot 35

 アドリアナは姫と思えぬほど自由奔放な少女だった。それでもチャゴスのような嫌味がなかったのは、彼女の性根はどこまでも真っすぐで、自分の意思をしっかり持っていたからだろう。好奇心旺盛な彼女は勉強にも訓練にも意欲的にとりくんでいた。母親にとても愛された彼女の幼少期はとても幸福なものだったと言えよう。
 だからこそアドリアナは自分の父に不満を持っていた。(子の将来を思うが故とはいえ)何かと淑女らしくあれと煩く、生まれたときから勝手に決められた顔も知らぬ婚約者。
 父はかつて愛した人と国同士の確執のせいで結ばれなかったのだと彼女も聞いている。だからこそ互いの子供を結婚させようと約束したのだとも。それはつまり、

(父上は母上を愛してないんだ。)

 そうでなければ未練がましく、昔の女との約束を守るものか。
 自分の人生を自分の意思で決められなかったからといって、娘を代わりに願いを叶えようとする父が嫌いだった。どうして不自由な人生だったからこそ、子供の自由を望まないのか。
 そんな父への不信感がつもりに積もった土砂降りの雨の夜のことである。

「ねえ、エルトリオ。人生は自分で選んでこそだって思わない?」

 アドリアナはその言葉を最後にサザンビーク城から姿を消した。
 それから何日もかけてアドリアナの捜索が行われたものの、ついぞ彼女は城に戻ることはなかった。見つかったのは川辺に落ちた靴のみで、城では遺体もないもまま王女の葬儀は執り行われる。
 しかし本当の彼女は生き延びていたのである。脱走した矢先氾濫する川に飲みこまれたものの、奇跡的に助かった彼女は川の下流で旅人に拾われた。城に戻る気などなかった彼女は記憶喪失のふりをして旅人と行動を共にし、やがて2人は結ばれる。そうして生まれたのがヨシュアだ。
 しかしその幸福な日々も永遠ではなかった。傭兵でもあった父は仕事で命を落とし、アドリアナも流行り病にかかってしまう。

「ヨシュア、これを持ってサザンビーク城へ行きなさい。きっと貴方を助けてくれるから。」

 アドリアナはヨシュアに手紙と王家の紋が刻まれたロケットを託し、息を引き取った。まだ彼が10にも満たないころである。
 少ない路銀でなんとかサザンビークに辿りついたヨシュアを、クラビウス王は歓迎した。彼にとっても死んだと思っていた姉の忘れ形見である。
 しかし彼にはすでにチャゴスという息子がいる。後継者争いのことを考えれば彼の出自を公にするわけにもいかず、住み込みの兵士見習いとして雇うこととなった。
 それから十年以上経った現在、クラビウス王の支援もあってヨシュアは周囲にも認められる立派な王国騎士になっていた。




「ヨシュアさんがチャゴス王子に尽くすのは何故ですか。」

 彼の経緯を聞いたうえでそう尋ねたのはエイトだった。

「私の恩人であるクラビウス王の息子だからです。」
「それだけではないですよね。」

 当たり前のことだと返すヨシュアをエイトの真っすぐな目が捕らえる。
 たとえ恩のあるクラビウスの命だとしても、チャゴス本人はヨシュアを毛嫌いしている。それはよそ者であるエイト達から見ても明らかだ。それなのに不敬罪のリスクを負ってまで、チャゴスに忠言するのを止めないのは何故なのか。例えクラビウス王に信頼されているとはいえ、その保証もどこまで通用するかも分からない。

「誰かが憎まれ役を買わなければ国が傾く、そういうことですよ。……どうかこのことは御内密に。」

 たとえ公の存在でなかろうと、穢れた存在と罵られようと、ヨシュアは王族として国を守る覚悟あった。王女としての責務を放棄した母に代わって。

幽霊王女
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