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女は、ナマエという。

ナマエは、気が付いたら俺がそこに居た家の家主だ。ナマエは俺の部屋と変わらないぐらいの部屋に住んでいて、身元不明の俺を最初は怪しんでいたもの、今じゃ普通に受け入れてくれたりしている。気が付いたらここに居たからここに居住まうしか方法がなかったのだが、まさかこんなにすんなり折れてくれるとは思わなかった。(泥棒とか考えなかったのだろうか)…この女は警戒心が欠けている、と最初思っていたのだが、それは違った。警戒心がないわけじゃない。警戒心などいらない場所なのだ、ここは。夜道は人知れずに明かりがついているし、深夜になってもやっている店、知らない機械、道行く人間全てが綺麗な格好をしている。物乞いもいない。アクマもいない。



光が溢れている、世界。

別世界と理解できたのに時間はかからなかった。ここにはアクマも、戦争もない、平和な世界。



いつだったか、公園で少し、教団について話をした。その時のナマエの顔は、今にも泣き出してしまいそうなくらいくしゃくしゃで、力強く腕を引っ張られたと思えば、抱きしめられていた。視線をずらせば、遊んでいたガキ達が揶揄を飛ばしていたが、なぜかナマエの腕を振り払おうとは思わなかった。思えなかった。



考えてみれば、ヒトにこうして抱きしめられたのは、初めてだったから。(温かかった、)



その日の夜は二人一緒にベッドで寝た。いつもは俺が「誰が一緒に寝るか」とか言って床で寝ているんだが、夜、ナマエに腕を引っ張られ、「空いてるよ」と布団を上げられて、……渋々その隣に入った。それから何か知らないが頭を撫でられた。「ガキじゃねぇんだ」と手を払えば「そうだね。子供じゃないんだよね。」と言って抱きしめられた。


そうしたら、その日、久しぶりに夢を見た。俺の居た、世界の夢。何もない薄汚れた自分の部屋があって、部屋を出ればマリが「おはよう神田。今朝はどうだい。」と声をかけられて、食堂に行けばリナリーが「おはよう神田。」と言ってきて、以前送っていた日常の風景がただただ流れていくだけの、夢。懐かしいと思ってしまうほどの、以前の光景。なんともない会話を交わして、鍛練を繰り返して、任務があれば団服を着てアクマを破壊していくだけの、日常。でも、その時、俺は思ってはいけないことを思ってしまった。辺りを見回して、思ってはいけないことを思ってしまったのだ。


ナマエが居ない。


そこで俺は目を覚ます。
天井は既に見慣れたものとなってしまった天井。キッチンと呼べるかわからない程小ぢんまりしたキッチンから女の声が聞こえて俺は半身を起こす。


「おはよう、神田くん。」

「あぁ。」

「顔洗ってきなー。」

「あぁ。」


あぁ、夢か。

ナマエの作った味噌汁の匂いが鼻腔をくすぐって、欠伸から出た涙を拭った。適当に顔を洗って、タオルで顔を拭って、小さな机に朝食を並べたナマエが俺を見て、微笑んだ。


「大丈夫だよ。」

「あ?」

「…ちゃんと帰れるよ。神田くん。」




ナマエがいつか当てた懸賞の米は、あと少しで切れるらしい。


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