07




悪魔のようなテスト週間が終わって、明日からは学生お楽しみの春休みを迎える時に神田くんは現れた。テストに力を出し切った自分にせめてのご褒美と買ってきたケーキを食べようとした時だった。部屋の空間が文字通り歪んだのだ。信じられないと思うけど、実際に合ったことで、現に神田くんが私の目の前にいるわけだ。彼はヴァチカンにある、黒の教団というところから来たそうだ。だけど、きっとそのヴァチカンは私の知っているバチカンじゃない、ということは最近、なんとなくわかってきてしまった。


「お待たせしました。」


今日はやけに繁盛したバイトが終わって(どっかの客がたくさん注文してきたらしい。今日一日洗い場だった私を殺す気か。)帰ったらもう何もしたくないと寝そべりたくなる私に今日も私を「護衛」してくれる神田くんはこう言うのだ。


「メシ。」


私はお前の召使いか。

とりあえず、神田くんは私の家に住み着いている間、私を「護衛」してくれるらしい。神田くんのいたヴァチカンの黒の教団がどうかは知らないけど、少なくとも、この平和ボケした日本に「護衛」はいらないんだよ、と言っても神田くんは首を縦に振らなかった。「それでもやる。」と言った。きっと、あんなデカイ態度を取っているけどタダ飯タダ泊まりは流石に申し訳ないとでも思ってくれたのだ。(多分きっと。うん、多分きっと。)

家に着けば私はすぐさま神田くんのために小さなキッチンに立った。神田くんは外が見える出窓に片膝を立てて座っている。神田くんが私の城に来てから、神田くんの定位置はその小さな出窓だ。外を見るのが好きなのかどうか知らないけど、どんなに椅子を譲ってもそこに座らない。出窓がいい、そうだ。

出窓がいい、

その言葉に私は一人、苦笑した。
確か、以前、そこの出窓がいいと気に入ってくれた男性がいた。大学生の一人暮らしでまだ心細かった頃、彼は私の小さな城に遊びに来てそこの出窓を指差したのだ。狭いけど、あそこの出窓がいいね。と。今その彼は私の城に遊びに来ない。いや、遊びに来るも何も、私と彼はもう終わったのだ。来ないも何も、来ないで欲しいの気持ちの方が大きいかもしれない。ツキン、と腰の線が痛んだ瞬間。


「ナマエ、」

「……ッ」


自分の後ろに誰かがいる、という感覚に私は持っていた包丁を落とした。がちゃん、と包丁は音をたてて床に落ちた。私の足にも、私の後ろにいた神田くんにも包丁が触れなかったのが幸いだ。

私は、急に誰か後ろに立たれるのが苦手でどうも過剰に驚いてしまう。しまった。またやってしまった、と私の反応に少し驚いた神田くんに私はゆるゆると息を吐いてから、情けなく笑った。


「ごめん、ちょっとびっくりした。」


びっくりしたのは神田くんだろう。後ろから声をかけたら包丁を落とすほど相手が驚いたのだから。しかしそれでも自分のスタイルを崩さないのは神田くんの美点であり、汚点だろう。普通そこは、「大丈夫か、悪かった。」というところを神田くんは敢えて何も言わずに包丁も拾ってくれず、一枚の写真立てを私に差し出した。これは…、確か出窓に立てずに伏せていた、彼と私の写真。捨てよう捨てようと思って、結局忘れていたものだ。これが、どうかしたのだろうか。


「お前の男か。」

「直球だね。ううん、元ですケド。」

「なら捨てろ。出窓に座る時邪魔だ。」


「それとも、まだ未練があるのかよ。」と鼻で笑った神田くんに私は口端を引き攣らせた。は、はは、このガキ言ってくれるじゃない…!!私は神田くんから写真立てをひったくって中に入ってた写真をビリっと破いてゴミ箱に捨てた。そして神田くんと同じように「す、捨て忘れたのよ。」と鼻で笑ってやった。


「破ることないだろ。怖ぇ女。」

「…!」



マジでキレる5秒前。


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