04




「起きて!起きて!」


体を揺さぶられて人魚は目を覚ました。どこかの岸辺なのだろうか。瞼裏まで入ってくる陽が眩しい………。


(……って、陽!?)


と急いで起き上がればずきん、と尾びれが痛んだ。いや、尾びれじゃない。なんだか尾びれの感覚がない。二つに、別れたような、すーすーするような…これは……


(足…!!)


白い二本の足が自分の腹下に生えている。まるで人間だ。人魚は本当に自分から生えているのか確認するように足を上げてみたり下ろしたり、足指を動かしてみた。


(おぉ…動く…。私に、足が…。)

「よ、良かった、気が付いて良かったわ。」


隣にはミランダがいた。人魚はほっとした様子のミランダに彼女の名前を呼ぼうとしたが、


『ミランダさん』


それは掠れもせず、出てこなかった。あれ?と人魚は喉を抑えて発声を試みたが喉から自分の声がまったく出てこない。その異変にミランダは気付き顔を真っ青にした。


「ままままさか声が出ないの!?」


あの怪しげな、イノセンスとやらの副作用なのか。人魚はミランダの言葉にこくりと頷いた。「どどどどうしよう私またやからした…!!」と頭を抱えたミランダを人魚はなんとか宥めて何があったのか事情説明を求めた。


「姫様があのイノセンスを舐めた途端、姫様呼吸ができなくなったの覚えてる?」

『うん。』

「その後、姫様の尾びれが二股に分かれて…もしかして人間になってるのかもって思って陸に引き上げたの。」

『そうなんだ…。』


と言っても人魚の口からは声が出ていない。ぱくぱくと魚みたいに口を動かしているに過ぎない。しかし人魚は特に気にした様子もなく辺りを見渡した。よく見ればここはあの人間を助けた岸辺じゃないか。苦しくとも人間のシャツを離さなかったのを見て人魚は頷いた。


『私、これ返しに行ってくる。』


とミランダに口パクで伝えた。


「え!まさか返しに行くの!?無茶よ!だってその人間がどこにいるかわからないのに!」

『でも…、私このシャツをあの人間に返したいんだ。そのためにあのイノセンスを舐めたし、イノセンスはあの人間を探せるよう足をくれたんだと思う。声はきっとその代価だよ。』

「姫様…。」


いつ人魚の姿に戻るのか、戻れないのかわからないが人魚は取り合えずあの人間に会いたかった。人魚は心配しないで、とミランダに微笑み、ミランダは涙目で人魚を見つめ、微笑み返した。


「…ごめんなさい。何を言ってるかわからないわ……。」

『………………………。』









人魚…もとい人間になった少女は岸辺に足を震わせながら立った。まだどう力を入れていいのかわからなくて足がふらふらするが、まぁなんとか立てる。近くにあった大きな岩に縋りながら、両手を離す。


「姫様…!姫様が立った…!」

『わぁー!視界が高い!』


少女はシャツを片手に大の字に立つ。もちろん、胸当て以外何もつけていない。真っ裸だ。そして少女はやっとというか何というか、すーすーする太股を擦り合わせた。


(な、なんか足って違和感…。お腹下がすーすーするよ…。)


その様子にミランダが手をぱちんと叩いた。


「姫様!姫様は今人間ですから、服を着たらどうかしら!」


服?と首を傾げた少女。
確かに、今自分は紛れもなく人間だ。人間が服を着るのが常識ならば少女もそれに倣わなければならない。しかもそれを着ればこのすーすーした感覚も少しは治まるかもしれない。しかし…、今少女が持っている服という存在はこの所々ボタンが取れたシャツしかなかった。


『……借りるぐらい、いいよね。』


少女はそう口にして、少女には大きすぎるシャツに腕を通した。太股まであるシャツにミランダが「ちょっと待って。」と腹下までボタンをしめた。胸元は少女が引き裂いてしまったため締められなかったが、まぁ、形にはなっている。


『どう?ミランダさん。』

「どこからどう見ても人間よ!」


そうミランダが声を上げた瞬間だった。


「誰だっ!」


と男の声が聞こえた。人間だ!とミランダは海に潜り、少女はその声に振り返った。この声には聞き覚えがある。


「ここは王家の領地だ。勝手に入ることは許されて……」


黒髪のあの人間だ!
少女は思わず駆け出したが、先程やっと立てた足に走ることなんて出来ず、二、三歩駆けたところで砂にダイブした。


「っ!?」


男は少し焦ったような顔をして、砂にダイブした少女に駆け寄った。少女は気まずそうに笑って起き上がり、男の顔を見上げた。漆黒の髪に涼しげな瞳。頭に白い何かをぐるぐると巻いているが間違いない、彼だ。


「……あ、…お前…、」


男も起き上がった少女の顔に覚えがあった。艶々とした黒髪を団子に結び、黒目がちの大きな瞳。顔にたくさんの砂を付けているが、少女は間違いなくあの時自分を助けてくれた少女だった。それに少女が着ているこの服は…──────


「っ!!」


男が少女の姿に目を止めたその瞬間、男は顔を赤くした。


「お前なんて格好…!」

『?』


男は慌てて自分のカーディガンを脱いで少女のシャツの上に着させた。カーディガンは着ているシャツよりまた一サイズ大きくて、今度は膝丈まである。はだけた胸元を上から隠すように男がボタンを止めていく。そしてやっと落ち着いたようにゆるゆると息を吐いた。


「お前……あの時の人魚で間違いないんだよな?」


少女はその言葉に力強く頷き、『これを返しに来たの!』とカーディガン下のシャツを引っ張って見せて、男は慌ててその手を止めた。


「わかった。わかったから引っ張っるな。」

『………………。』

「シャツを返しに来たのか?」


男にそう言われ、少女はまた頷き、男は首を傾げた。


「…お前、声はどうした。」


喋れないはずがない。あの時、男は間違いなく人魚の声を聞いた。鈴を転がしたような、可愛らしい声を。男はまさか、と息を呑んだ。


「声が出ないのか。」


少女は頷く代わりに困ったように笑った。男はそんな少女の笑顔に胸の内が締め付けられた気がした。そして先程まで読んでいた本の内容を思い出した。


(まさか…。こんな、シャツ一枚のために。)


男は少女の小さな顔を片手で包み、親指でその白皙の頬を撫でた。少女は男の気持ちを読み取ったのか、男の手に自分の小さな手を重ねて微笑んだ。声の出ない唇から確かに『大丈夫』と聞こえて、その柔らかな微笑みに、男もつられたように小さく微笑んだ。


「…取り合えず……、その格好はあれだな。とにかく城に行くか。」


そう言って男は少女を抱き上げた。急に自分の体が持ち上がり、少女は声にならない声を上げた。


「うまく歩けないんだろ。しかも素足なんだから黙ってろ。」

(す…すあし…?)


男にそう言われ、少女はなんだかよくわからないまま抱き上げられた。とにかく、この男は自分を城に持っていきたいらしい。少女はちょっと待ってとばかりに男の肩を叩いてミランダがいる海を指差す。しかし、


「あ?…あぁ、海藻なら城に着いたら喰わせてやるよ。」

(ミ、ミランダさん……。)


違う…と脱力しながら海を見つめていたら海藻…のような頭をしたミランダからオッケーの指が見えたので…一応良しとしよう。


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