05




「神田王子……。」


薄いシャツ一枚にカーディガンを着せただけの少女を抱き上げながら男は帰城した。そしてそれを出迎えた銀髪の付き人にも少女は見覚えがあった。


「流石に女性にその格好はまずいでしょう…。例え王子が青か…」

「んな訳ねぇだろっ…!」


違うんですか?と首を傾げた彼は間違いない。船上でこの王子と火花を散らしていた人だ。神田王子と呼ばれた男は少女を抱えたまま銀髪の少年に「着替えの用意をしろ」と告げて下がらせた。
少女は少年の後ろ姿を見送った後、男の腕を軽く叩いた。男が「どうした?」と見下ろして、少女は口をわざと大きく動かしてみせた。小さな口は一文字ずつ、動いた。


『か』

『ん』

『だ』

『さ』

『ま』


かんださま、神田様。
そう嬉しそうに自分の名前を口にしてくれた少女に男は、神田は微笑んだ。


「…神田でいい。」


涼しげな瞳が細められて少女の心臓がトクントクン、と鳴った。


(どきどきする…。なんだろ、この気持ち。)


心臓のあたりをきゅっと握って少女は目を伏せた。彼に見つめられてなんだか恥ずかしくなった。自分を抱き締めたまま、また歩き出した神田の胸に頭を預けた。温かい。人間は野蛮な生き物と聞いた。だけど、彼の腕の中はとても温かい。


「ユウー!ユウユウユウユウユウー!」

「…ここだ。」


真っ直ぐな通りを歩いていると角から明るい男性の声が聞こえた。この声も知っている。あの時の赤髪、と少女が顔を上げた瞬間、


「ユウ!探しぶっ…!!」

「その名で呼ぶな。」


めしり、と神田の足がその赤髪の顔に食い込んだ。






赤髪の男はラビと名乗った。
右目を眼帯で隠し、反対側の目は綺麗な翡翠だった。


「いやー、アレンから王子がとうとう青か…」

「…お前ら余程死にたいらしいな。」

「嘘です。嘘だから六幻構えないでください。」


そんな会話を小耳にはさみながら少女は慣れない足取りで銀髪の少年、アレンにエスコートされながら廊下をワンピース姿で歩いていた。膝丈の簡素なワンピースだが、少女の体によく似合っていた。神田王子に風呂という所に入れられ、何人ものメイド達に体の隅々まで洗われ、頭からすぽんと着たワンピースだが、一応姫として美しく美しくと育てられた少女に似合わないわけがなかった。


「バカ王子、連れてきましたよ。」

「クソモヤシお前いつか絶対殺して……」


神田とラビの声が聞こえた部屋に少女がヒールを鳴らして登場した。ラビがひゅうと口笛を吹いて神田の動きが止まった。
それほど高さのないヒールを履いているに関わらず少女の足がすらりと伸びているのは元が良いからだろう。ふっくらとした丈のワンピースは少女の小さな体を更に愛らしく演出し、腰は抱いたら折れてしまうのではないかと思うぐらい細い。襟から見える胸元は雪のように白く、そこからゆったりと流れる黒髪はまるで絹糸のようだった。

アレンは握っていた少女の手を離し、神田の元へと促した。少女は危なっかしい足取りだったが、こつりこつりと確かに神田との距離を縮めた。そして伸ばされた神田の手を取ろうとして膝をかくんと折ってしまった。


「っ!」


神田は少女が転ける前に少女の細腰を抱いて立ち直らせた。抱いた腰は初めて彼女を抱き締めた時も思ったが、とても細い。力を入れたら本当にどうにかなってしまいそうだ。そんな事を思いつつ神田はほうと小さく息を吐いて少女の体を離した。上手く立とうと足元を見下ろす少女を見下ろす。小さな頭に小さな顔。見下ろした睫毛はとても長い。ふっくらとした唇は桜色をしている。

自分の腕を支えにしてかくかくと足を震わしている少女を見つめてから、神田は側で控えているアレンとラビを目で下がらせた。アレンとラビは神田と少女の姿にニヤニヤと目を細め、二人して親指をグッと立たせた。絶対あとでシメようと思った。

支えにされている腕がだんだんと軽くなってきて、神田は少女の腰から手を離した。ふらふらながらも少女は一人で立ち、そして嬉しそうに神田に笑いかけた。


「立ったことがそんなに嬉しいかよ。」


そう言えば、少女は笑顔で頷いた。そして少女はハッと何かを思い出したかのように指で何かを宙に描いた。


「?……家か?」


と言えば少女は首を振り、今度はワンピースのボタンを外し始め神田は慌ててその手を止めた。


「わかった…!!シャツな!シャツだろ!わかったから脱ぐな!」


シャツという単語に少女はにっこりと頷いてから、今度は少し困った顔をしてその手を放り投げた。あぁ、これならわかる。


「メイド達に取られたか?」


こくこく、と頷く少女。どうやら「返せなくてごめんね」と伝えているらしい。両手を胸の前に当てて申し訳なさそうに目を伏せている。神田は少女の頭を撫でた。


「大丈夫だ。わざわざ悪かったな。」


その言葉に少女が「そんなことない」とばかりにぷるぷると首を振った。


「………………………。」


言葉が話せないからか、それとも動作で会話しようとしているからか、少女の動きがどうも幼く見えてしまう。神田は少女の仕草に何とも言い難い気持ちを抱きながら少女の頭をひたすら撫で続けた。


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