03
任務から帰還し、地下水路を抜けたところでレイヴはイノセンスの発動を解こうとしたのだが、見かけた銀髪になんとか踏み止まった。
「レイヴ!」
「お、おーっすアレン!」
今このタイミングで解いたらまだ打ち明けていないアレンにこの体質がバレるところだった。そう神田にアイコンタクトを取るものの、神田は呆れたような溜息をレイヴに向けて吐くだけだった。
「まったくあの任務から会ってなかったので、どこにいるのか探しましたよ…。別の任務に行ってたんですね。」
「え?ああ、まぁ、な。」
「あの任務のお礼も言えてなかったので…」
「お、お礼言われるほど、なんかしたか?」
「もちろん。助けてくださったじゃないですか。」
「あー、そ、そうだっけ…?」
どことなく、レイヴの目が落ち着かないのは気のせいだろうか。アレンが不審そうにレイヴを見詰めるのだが、レイヴはその目から解放されたくてたまらなかった。本体であるナマエがアレンにこの体質を打ち明けていない以上、何から話していいのかわからない。何がナマエとレイヴを結び付けるのかわからないのだ。もちろん、レイヴからこの体質を言ってしまえば早い話なのだが、それは駄目だ!とレイヴの中のナマエが叫ぶし、レイヴもそういうのは本体であるナマエが言うべきだと思っている。
何か、何か話題をそらせる会話はないのか、と神田を見るも神田が助けてくれるはずもなく。レイヴは目をぐるぐると回らせた結果、神田の手を取った。
「あっーと!アレン!」
「はい?」
「悪い!このハンカチ、使っちまった!」
「おい馬鹿!」
間なしに神田から肘を突かれ、は?とレイヴは目を丸くするものの、その場で目を丸くしたのはレイヴだけではなかった。
「そのハンカチはナマエに貸したものですけど、どうしてレイヴが……?」
(し、しまったー!!)
サッと血の気が失せる。いくら性別も性格も正反対であっても、意識だけは一緒だったりする。神田はやれやれといった感じでレイヴの前に出た。
「レイヴはナマエの兄だ。同室なんだよ。」
「レイヴと、ナマエが……?」
「そ……、そう!そうそう!ナマエのベッドの上にあったの俺が持ってきちゃったんだよ!」
この歳で同室はありえないだろー!と思いつつも、この『嘘』を思い付いたのはラビが来る前だ。その時はそれで済んだが、今度からは違う打ち合わせも必要だと思いつつも、アレンの顔色を窺う。
「そう……だったんですか…。言われてみれば、レイヴとナマエ、どことなく似てますね。」
似てますどころか本人なのだが。
「使われたのが神田ってのが非常に癪ですけど」
「おいモヤシ」
「ナマエでも同じことするだろうと思いますし、大丈夫ですよ。きちんとクリーニングして除菌してくだされば。二度と使わないですけど。」
「おいクソモヤシ」
にこっと笑ったアレンにレイヴはほっと肩をおろした。きっと中のナマエも安心してくれているだろう。いくら性格が異なっていたとしても、精神は一緒だ。見たもの聞いたもの覚えたもの、全てナマエとレイヴは共有している。いや、同じ人物なのだから共有していて当たり前なのだが。
「レイヴ、この後良かったら一緒に食事しませんか?お腹すいてますよね。」
「おう!もっちろん!」
「良かったらナマエも一緒にって思ってたんですけど、見つからないんですよね。知ってます?」
「し、知らないかなー!」
「そうですか……、僕もうちょっと探してきます。先に食堂行っててください。」
「お、おう!」
ではまた、とアレンが踵を返し、角を曲がって姿が見えなくなるまでレイヴはぎこちない笑みを浮かべていた。そしてアレンの足音が聞えなくなったところでずるずるとその場に蹲った。
「し、しんど……」
「…そこまでして隠さなきゃいいだろ。」
俺まで巻き込むな、と神田は言うが、いつもなんだかんだ先程のように助けてくれる。レイヴもナマエも彼のそういうところが好きだった。神田の優しさにレイヴは感謝しつつも、誰に向けるわけでもなく、薄く笑った。
「そこまでして隠してたからな、ナマエは。」
「…?」
「どんなに良い奴でもさ、普通の人から外れた秘密はさ、やっぱ『気持ち悪い』んだよ。」
覚えている。
男兄弟の中、初めて生まれた女の子だから、と大事に大事に女の子らしく育てられ、女の子らしい服を着て、女の子らしいことをしてきた。『異常』は突然やってきて、家族から拒絶される。『悪魔』だと家を追い出され路頭に彷徨ったところを優しいおばあさんに拾われ、失った親の代わりにたくさんの愛をくれた。しかし『秘密』を見せた途端、拒絶された。そして再び路頭に彷徨ったところを、黒の教団に保護された。ここでは『異常』と『秘密』が許され、『悪魔』ではなく『アクマ』を破壊する組織だった。そして、『ナマエ』が認められた場所だった。
しかし、今日も誰かがナマエを見て口にする。
『気持ち悪い』と。
『異常』と『秘密』が許され、認められても、『ナマエを受け入れてくれる人』は、いない。
好かれる確証なんて、ない。むしろ好かれることなんて、ない。
「もう…、いやなの……。人に気味悪がれるのは……。」
蹲った”小さな体”は震えていた。桃色の頬を濡らす大粒の涙を、神田はハンカチが巻かれた手で押し付けるようにして拭ってやった。
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