02


任務先にも関わらず、全く緊張感のない相方に神田は嘆息した。


「キモイ。」


先日、中央庁から戻ってきた「名目上」幼馴染というやつが両手でハンカチを大事そうに持ち、小さな花を咲かせるかのように微笑んでいる様を、神田は極めて辛辣な言葉で言い放った。


「!?きもい!?いまそれ私に言ったの!?」

「お前以外に誰がいるんだよキモイ」

「二度も言った!今二度も言った!!」


久方ぶりの幼馴染は相も変わらず全体的に小さく情けない程ほわほわしている。現に神田の背中をぽかぽかと叩いているがまったくもって痛くも痒くもない。コイツはいつかきっと強風にあおられたら綿毛のように飛んで行ってしまうのだろうと神田は思っている。そしてそれでも構わないとも思っている。


「ふーんだっ。神田の意地悪っ!」

「ハンカチ両手に一人にやにやしてるヤツをキモイ言って何が意地悪だ。」

「意地悪だよ、べーっだ!意地悪な神田にはアレンの優しさなんて一っ生わかんないだろうね!」


そう言ってナマエは外套を翻した。翻した外套の下にナマエはエクソシストの証である団服を着ていた。外套の上からでもわかる程そのサイズはぶかぶかで、腕も足も何度も折り返している。しかし折り返したところにラインが入っていたり、止めるためのボタンがついていたりと、まるでそれを想定したかのようにデザインされている。…したかのように、と言わずそうなのだが、ナマエはその団服が好きではない。理由は簡単だ、『可愛くない』からだ。


「早く教団に帰ってアレンとお話したいな…。同じ寄生型だから悩みとかいっぱいあるだろうし、先輩として色々聞いてあげたい…。」

「安心しろ。寄生型はお前だけじゃない。」

「神田ほんと意地悪だよね!私がいなくてもちゃんとみんなと仲良くやれてた!?」

「仲良しごっこするために教団いるんじゃねーよ。」


六幻を握った手でナマエの頭上に拳を落とし、神田はゆったりとした動作で六幻を構え前に出た。ナマエは拳を落とされた頭を抑えながら唇を尖らすも、その隣に立つ。ナマエに、神田の六幻のような得物らしい得物は見当たらない。あるのは、その小さな身一つ。それでも隣に立つ姿は恐れも迷いもない。


「…腕は鈍ってねェだろうな。」


六幻を構えたまま神田が言うと、剣先の向こうから数体のアクマが姿を現した。


「はぁ?」


一歩、ナマエが神田の前に出た。踏みだした際に聞こえた今の声は、ナマエの声だっただろうか。いや、違う。今の声は、ハンカチを大事に握りふわふわと嬉しそうな顔をしていた女の子のものではない。太く、低い声。


「神田、お前…」


二歩、三歩と先を進むのは隣にいた小さな女の子ではない。逞しく、長い手足が自慢の、もう一人の幼馴染。


「それ『俺』に言ってんの?」


レイヴだ。


とな




「一丁あがりっ!」


突き出した拳にアクマは大破した。
腕が鈍っていないかと確認するまでもない。レイヴの身体能力は最後に見た時よりも磨きがかかっている。中央庁で武者修行してくると言ったのは嘘ではなかったらしい。


「だーっ!ストレス発散発散!イノセンスは?」

「ハズレだな。」

「またかよ!この間ん時も空ぶったし、最近キてねーな。ま、アクマ壊しただけでもヨシとするかー。」


腕を回し関節を鳴らすレイヴに『ナマエの着ていた団服』はよく似合っていた。巻くっていた袖はサイズ通り、止めていたボタンも必要なく、全身ぴったりサイズだ。まるでレイヴに用意されていたかのような…いや、その通りなのだが。


「いつ見ても変な体質だな。」

「ん?俺のこと?」

「お前以外に誰がいるんだよ。」


六幻をおさめ、そう言い捨てると、ナマエによく似た仕草でレイヴが唇を尖らせた。


「俺だって好きでこんな体質になってるんじゃねーよっ」


当たり前のようにそこに存在するものだから、たまにどっちが本体なのか、神田はわからなくなる時がある。
『ナマエ』と『レイヴ』。同一人物のようで同一人物ではない。『ナマエ』は『レイヴ』、『レイヴ』は『ナマエ』。どちらが本体と問われれば、本体はナマエの方であった。


「我ながら忙しい体だよ…、俺のイノセンスが身体能力の強化なんて能力じゃなければ…。」


ナマエに寄生したイノセンスの能力は、異常までの筋力発達。発動すると、女性であるナマエの身体が文字通り異常なまで発達し、身体能力を上げる。通常、素手でアクマの固いボディを破壊するなんて到底ありえない話なのだが、イノセンスが寄生し、イノセンスを発動させたナマエなら破壊が可能になる。そしてその異常発達が呼び起こしたのが、男性への性転換だった。


「どうせならナマエのまんま筋力発達すればいいのに、なんで性転換すんだか……。」


いや、ナマエのまま筋力発達してもビジュアル的に問題ありすぎるのでそのままの方がいいんじゃないか、と神田は言おうとしたのをやめた。
イノセンスを発動し、性転換したナマエは性格まで変わり、今まで女の子という言葉を現したかのようなナマエとは反対に、男性となったナマエはあくまでも普通の青年そのもの、そう、まるで二重人格のようだった。それゆえ、性転換したナマエに名前を付け、レイヴという存在が生まれた。


「あー腹減った。帰る前に何か食わねぇ?」

「太るぞ。」

「デブがなんだ!俺は今すげー腹へってんだよ!」


体格、声、振る舞い、性格。全てがナマエと異なり、少し調子が崩れるものの、長年の付き合いだとそれも慣れだ。それに、全てが全て、ナマエとまったく違うというわけでもないのだ。


「あ、神田!」

「……あ?」

「手!怪我!してんじゃん!」


レイヴに指をさされ神田は自分の手の甲を怪我しているのに気が付いた。ぱっくりと切れたそこからは血が流れ落ちていたが、特に問題はないだろう。放っておけば小一時間で治る、そう血を振り飛ばそうとした時だ。ナマエとは違う、男の手が神田に触れる。


「アクマの毒は、大丈夫そうだな。ったく、お前ほんと怪我の名人だよな。」


レイヴはナマエが大事そうにしていたハンカチを取り出し、迷いなく神田の手に巻き付けた。じんわりとハンカチが赤黒く滲むのを見て、神田は目を細めた。


「……おい、後でナマエに言われんの俺だ。」

「いいっていいって!アレンもいいやつだし、許してくれるよ。その前にお前の怪我が第一優先。」

「こんなの放っておけば治る……」

「かーんーだー」


ハンカチを手に結んだレイヴが神田を睨んだ。ナマエの時は頭一個半くらい背の差があるというのに、レイヴになると肩が並ぶ。


「いくら治りが早くても、痛いもんは痛いんだろ!お前もっと自分の体大事にしろよな!」


そう言う自分が、生身で戦っているんだから一番傷が多いクセに。言っても無駄なことだとわかっているのは長年の付き合いだ。「お節介野郎、キモイ」と吐き捨てると、レイヴは「うるせーばーか」と歯をみせて笑う。
その人懐こそうな笑みは、やはりどこかナマエを思い出させる。


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