04
これを機に25日、断らなければ。
取りあえず生で。をおしぼりを渡されるのと同時に言って私達は近くで評判の焼肉屋の席に着いた。タイミングが良かったようでちょうど客が帰った後に入ったのでそんな待たずにご飯にありつけることができた。ビールが来てお疲れ様と乾杯したあと、食べたい肉を一通り頼んで神田くんがそれに追加していく感じ。
「会社は慣れた?」
「まぁ…半年もいれば。」
「そっかー。」
なんか容量は良さそうだもんね、神田くん。
主に神田くんが肉を焼きながら私達は、誰かと飲み行ったりするの?とかどこらへんに住んでるの?とか好きな食べ物って?なんて他愛のない会話をした。神田くんはあまりおしゃべりな方ではないけど、ボールを投げたらきちんと返してはくれる。まぁ、二度目に投げたボールはあまり返ってはこないけど。
でもそんなこんなでも2時間くらいここに居座っているので何だかんだ会話は続いているのだろう。
「ミョウジさんは、」
「ん?」
「休日とか何してるんですか。」
頼んだ肉が一通り食べ終わって、お肉に専念して残ってしまったカクテキやら塩キャベツやらをつつきながら私達はゆったりとした会話を続けていた。
「休日?」
「はい。」
「そうだなー。土曜は買い物行ったり遊んだりして、日曜はぐーたらしてるよ。月曜来るなーってごろごろしてる。神田くんは?」
「俺は……、月曜、早く来てほしい。」
「すごいね。仕事楽しいんだ?」
「まー、そうですね。仕事はやりがいがあります。」
おおー。若いなぁ、若いなぁ!きっと先輩の背中を見てあれこれ学んで自分ならこうしたいああしたいって思ってるんだろうな!やる気に満ち溢れてるんだろうな!いいねー、若いねー。若い子と話すとなんか若返った気分になるよねー。そうにこにこしながらビールを一口。神田くんもつられたようにビールを飲んだ。
「でも、仕事だけじゃないです。」
「んー?何か目標があるの?」
「目標…。そんな感じです。」
「ほうほう、なになに。お姉さんに聞かせてごらん。」
お姉さんって歳じゃないだろッ!と心の中で突っ込んだけど酒の席なので許して欲しい。気分よく飲んで気分よく酔いたい。肉の欠片が乗った七輪を挟んで私が少し身を乗り出すと、お酒が回って少し気持ち良さそうに見える神田くんは肘をついた。
「近付きたい人がいる。」
神田くんの、グラスを傾け、机に肘をついたその姿がいやに色っぽい。
「早く俺のものにしたい。」
ぶっ。
飲み込んだビールが出てきそうになった。しかしイイ男を前にそんなことはできないので何とかこらえた。ええ?何?なんだって?
「ちょっと待った。なに、近付きたい人ってそういうコト?」
り、理想の先輩とか、目標にしてる先輩とかそういう話じゃなかったんだ!話の流れ的にてっきりそういう意味かと思ったけど、か、神田くんキミなかなかの肉食だねぇ。この間草食系男子?なんてこっそり思ってごめんなさい。今の発言は立派な肉食獣のセリフだわ。
「他に何があるんすか。」
「いやーほら、目標にしてる人ーとかね。」
「ある意味目標っすね。」
いやいや、その目は目標っていうより標的だよ。狙ってる目だ、ハント、hunt。
「そっかー。社内の人ー?」
「は?」
「……ん?」
あ、ビール無くなっちゃったよ次何飲もうかな、なんてグラスを揺らしてたら神田くんが随分と抜けた声を出したので思わず見上げた。目の前の神田くんはありえないと言わんばかりに目をまん丸にして私を見ていたので私と神田くんの間に謎の間が出来上がる。
お店の騒がしさが私達の間だけ一瞬止まって、再びその騒がしさが戻ったのは神田くんの溜息が合図だった。
「…ミョウジさんって案外鈍いんですね。」
「え、うそ、ちょっと待ってよ。いやいやいや!」
とっくに気付いてるのかと思ってた、と神田くんが残念そうに呟くので、待て待て待てと腰を浮かせれば肘にグラスが当たってグラスが机の上に倒れた。の、飲み干した後で良かった!っていうか動揺しすぎ私!いや動揺するわっ!慌てておしぼりで濡れた後を拭って、お姉さんに「ジンジャーハイボール!」と叫ぶ。飲んで落ち着こう!
「冗談…だよね…?」
「前も言いました、冗談なら誘わない。」
いや……、うん。
言ったね。聞いたね。言ってたねぇ。
「神田くん、私の歳知ってる?もうすぐでおばさんだよ?」
「関係ない。気にしたこともない。」
私が気にするわ!
って、気にするような事に発展もしないけどさ!
「むりむりむりむり。」
「あ?」
「(ひぃっ…!)私、恋愛とか、今お休み中なの。第一私キミのこと恋愛対象で見たことないもの。」
「そのためのクリスマス、だ。」
まじか。
あの時のクリスマスってそういう事のために用意されていたのね。むしろそういう事で誘われていたのね私。今更になって、さっきまでこの機を活かして断ろうと思っていた自分が急激に居たたまれない。ご、ごめん神田くん。さっぱり察することができませんでした。
自分の恋愛経験値が衰えている。まさかこんなところに伏兵(?)がいたなんて。(今の今までなら気付くこともその前にあしらう事もできたであろうに!)
「あー。ごめん、神田くん。それなら尚更クリスマスは駄目、中止、ごめん、無理。」
「…あ?」
「(ひぃぃっ!)ほんと、私、今恋愛とかそういうの必要としてないから。他あたってくれる?多分そっちの方がお互い良い気がするのよ。」
「それは俺が決めることだ。」
「う、わー…」
この人、すごい俺様?俺様なの?
しかもお酒入ってかなり口調砕けちゃってるし。うう…、お酒で神田くんの目が…エロい…。
「ミョウジさん、クリスマス逃げないでくださいね。」
七輪に乗った肉の欠片が、ぷすぷすと音をたてて焦げていた。
「…に、逃げたら…?」
「…逃がしませんよ。俺、狙ったものは動かなくなるまで追い詰めますから。」
(…私殺られるのっ!?)
燻っていた私の心が、焦げる。
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