05


まさかのまさか。
神田くんに好意を持たれている。

結局昨日の焼き肉は、完全に神田くんの攻めの姿勢にビビった私が逃げるようにお会計をしたことで強制終了させた。しかもお会計と言っても払ってくれたのは神田くんの方だった。もちろん先輩として私は奢る気満々だったしそのつもりだったのだけど、払おうと出した財布を奪われ、神田くんがお会計を終わらしたあとに返された。せめて半分払うから!と言ったのだけど、女に奢ってもらう男の気持ちわかりますか?なんて言われて、だったら後輩に奢られる先輩の気持ちがキミにはわかるか!?と言いたい。言いたいけど、神田くんに言っても無駄なような気がした。だから神田くんのコートのポケットに諭吉を(もともと奢る気だったし)こっそり忍び込ませようとしたけど、忍び込ませようとした手をがっつり掴まれたうえにすごい睨まれた。その気配の鋭さにこやつは前世は侍か何かだと思った。


「あ、もしもし。今平気?うん、暇だったらお茶しない?」


花金が終わった土曜。
遅めの朝食をとって溜まった洗濯物を片付け、ついでに天気も良かったので布団を干し、掃除機をかけ、友人を私の城(駅から徒歩10分、月6万)に招いた。




「え?神田くんってあの神田くん?」


クセっ毛をいかしたゆるふわの髪に優しそうなおっとりとした目(実際は気が弱いだけ)の友人の名前はミランダ。学生の頃からの友人で、こうして社会人になった今でも付き合いが続いている大事な友人。そして今年の春に(以下略)の友人。


「そう、昨日の飲みに行った時に。」

「こ、告白されたの?」

「告白はされてないけど…」


告白に近い感じではあるよね。言ってしまえば、「クリスマスに落とします宣言」。ああ思い出すだけで頭を抱えてしまう。
軽率だった。
クリスマス誘われた日、あの時の神田くんの顔で察するべきだった。恋人にフラれてからというものの、恋だの恋愛だののレーダーがポキッと逝ってしまったから。


「神田くんって今年入ったっていうかっこいい子でしょ?」

「うーん…。」

「良かったんじゃないかしら…?ナマエ面食いだし…。」

「ちょっと…、まぁ、否定しないけどさぁ。でも今、恋とかする気ないもん…。」

「それは…、ナマエが決めることじゃないんじゃないかしら?そういうのって流れがあるじゃない?」


まるで私の確認を得るような喋り方をミランダがするのは、私が彼女に相談という相談をしたことがないからだ。そう、私は相談というものをあまりしたことがない。何故ならいつも悩みに面した時、既に私の中で結論は決まっている。私はただ、こういう事があったのというのを聞いて欲しいだけ。それを彼女はよく知っている。


「ミ、ミランダが大人だぁ〜…!」

「もう大人よ。私達いくつになったと思うの?」


うう…。知り合った頃はおどおどしてたミランダが社会という荒波に飲まれ、かつ良きパートナーと出会いすっかり自立したイイ女に!すごい…置いて行かれた感…っ!!


「それでクリスマスはどうするの?」

「もちろん断るよ!」

「どうして?」

「ど、どうしてってそりゃ…、そんな気分にならないからだよ。」


口先を尖らして(私がやってもなんも可愛くはないが)言えば、ミランダは余裕の大人の微笑み(私にはそう見える)。インスタントコーヒーを飲みながら、まるでお姉さんが小さい子を諭すようにゆっくりと口を開いた。


「今の自分には関係ないって思ってても来るのは来てしまうものよ。」

「なにそれ…経験?」

「そう、経験。」


コーヒーを静かにすするミランダとは違い、男っ気のない私は思いっきりすすってやった。
関係ない。そう、関係ないよ。今の私に恋愛なんてとうぶん必要ないし関係のない事だ。今更だよ。フラれて傷心の私を慰め、それをきっかけに付き合いましたー!なんて流れがあれば良かったけどそんな流れは無かったし、癒えても一人ゆえに捻くれた癒え方をしてしまった。そんな私に、今更?しかも相手は弟で通じる年齢。


「行くだけ行ってみたら…?」

「行っても何も起こらないよ。」

「起こらないから行くのよ。何も起こらないなら心配いらないでしょ。」


楽しくお食事して帰ればいいのよ。というミランダにますます置いて行かれる感が募る。お、大人だ…!大人になったミランダがここにいる…!なんなの?運命の出会いをすると人ってこうも変われるの…!?


「…ミランダ」

「なあに?」

「恋人さん、優しい?」


私の言葉に、ミランダは幸せそうに笑った。
ああ、コイツ近い内結婚するな、なんて頭の中でミランダのウエディング姿を想像した。隣にはあの人が立っている。私じゃない(ミランダの隣は、いつも私だったのに)。
恋とはこうも人を変えてしまうものなのか。残念ながら、私はこれからも変わるつもりはないし、変われる予定もない。今の自分が好きだ。でも、心の奥底では常に変化を求めている。結局は今の自分に何かが足りないと思っているのだ。それは何?仕事?遊び?友人?恋人?クリスマス?


「…クリスマス、行こうかな。」


ぽつり呟いた言葉に深い意味は無い。別にそろそろトイレ行こうかなくらいの勢いだ。少しの気分転換にはなるだろうか。神田くんには悪いけど、今年もミランダと一緒にクリスマスを騒げない寂しさを、彼に癒してもらおう。イケメンとお食事。ホストとかの同伴と思えばいいか。…いや、あの子にホスピタリティがあるとは思わないけど。


「いい事あるといいわね。」

「何もない事を祈っててよ。」


くすくすと笑うミランダに、駄目だ、今のミランダには勝てない(勝ち負けの話じゃないけど)と、がっくりと肩を落とすものの、私の頭の中は、クリスマス何着ていけばいいかななんて考えていた。


[*prev] [next#]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -