02


ミョウジナマエ。もう少しでアラサー。中小企業の総務として色んな雑務に追われているような追っているような毎日。適度に仕事をして適度な給料をもらって適度な幸せを噛みしめています。見た目は可もなく不可もなく。3年前までは恋人がいましたが他に好きな人ができたとかなんとかで12月23日にフラれてしまいました!悪夢のような日でした!むしろ悪夢でした!
だからと言ってはなんだけど、クリスマスはあまり好きではない。一人で過ごすのはもっと好きじゃない。そんな私の事情を知っているからか、友人はクリスマスを一緒に過ごしてくれていたけど、春に晴れて恋人ができたのだ。今年からはそんな事一緒にさせられない。つまり私は名実ともに、一人きりのクリスマスなのだ。


「…寒い。」


心が。そしてついでに体も寒い。
来客を迎えるため、扉に一番近い席が総務には用意されているのだけど、その場所は極寒。扉からすきま風がぴゅうぴゅう入るし、来客が来るたび扉が開いたり閉ったり、極めつけはエアコンの羽がこちらに向いていない。向け、コラ。腰には貼るカイロ。指と指をこするように手持ち用のカイロ。膝にはブランケット。足元にはハロゲン。それでもちっとも温かくならないこの体は30近いからなの?そうなの?
おかげで伝票整理するにも伝票が掴めないし指ががちがちだしで仕事にならない。カイロのせいで鉄臭い手に顔を顰めながらも息を吹きかければ指はピンク色で、げっ、霜焼け!?どうりで痛かゆいと思った!


(ああ駄目だ駄目だ!お茶!休憩いれよう!)


時計を見ればちょうど3時で。3時のおやつがてら私は給湯室へと駆け込んだ。マグカップ一杯ぶんの水を電気ケトルに入れて、それが熱くなるまで両手でケトルを掴んだ。あー…温かくなってきたかも…。今日のお茶は何しよう。カフェオレかな。それともミルクティーかな。と戸棚の中のスティックをにまにま見上げていると外から人の気配。
あれ、営業の誰かが帰ってきたかなーと顔を出せば、ちょうど神田くんが帰ってきていた。


「あ、おかえりー。お疲れ様。」

「お疲れ様です、今戻りました。」


既に鞄やコートは事務所に置いてきたようで、手ぶらな神田くんに私はカップをもう一つ取り出す。


「寒かったでしょ。お茶飲む?」

「あ、はい。」

「何がいいー?カフェオレと、ミルクティーと、抹茶オレ。」

「そんなの置いてるんですか。」

「あ、これはねー私の私物です。コーヒーと緑茶だけじゃ味気なくって。特別に一杯だけご馳走してあげます。」

「じゃぁ…カフェオレで。」

「はーい。」


電気ケトルにもう一杯水を足すと、さっき沸きかけたお湯は一気に大人しくなった。
まるで恋人に友人をとられた私のよう…。ってそこまで落ち込んでないけどね。取られたうんぬん友人が幸せなら私はそれでいいし。


「ミョウジさん。」

「なあに?」

「クリスマス、何処がいいですか。」

「……は…?」


間抜けな声が出た。
思わず神田くんの方へ振り返れば、神田くんは壁に寄り掛かって腕を組んで私を見ていた。
へ?あ、あの?クリスマス?なんで?なんで今クリスマスのこと聞かれたの私……。って頭にハテナマークをいっぱい浮かべていたら、もやもやと私の頭の中に先日のやりとりが思い出された。
……あ…。なんか、言われてたな。クリスマス。神田くんと過ごさないかって。神田くんに。

って、え?


「ちょ、ちょちょちょっと待った。え?何あれ本気だったの?」

「……やっぱり…。」


神田くんは私の返答に溜息混じりに顔を伏せた。さらりと長い前髪が落ちる。


「えええー……、私てっきり神田くんが慰めてくれたのかと思って…。」

「冗談なら誘いませんよ。」


つんとした言い方。でも何処か可愛く聞こえた。


「わわっ、ごめん。そうだったんだ…!あー、ごめん。ほんとノリで言ってくれたかとばかりに…。」

「いいですよ。で。」

「…で?」

「クリスマス、何処か行きたいところとかありますか。」

「え…、神田くん本気でクリスマス私と一緒に過ごす気なの?」

「じゃなきゃ言わない。」


前髪から覗く涼しい目が私を捉えて心臓がどくっとした。神田くん、普通にしてても睨んでるみたいだから、あの、カエルな気分になりました。って、いやいやいやそうじゃなくて。


「いいって、いいって!気にしないで!クリスマスなんてそんな喜ぶ年齢でもないし!」

「でも、憂鬱だって言ってた。」

「い、いい、言ったけど、別に相手が居なければ居ないで死ぬわけじゃないし!」


かちん、とケトルがお湯が沸かし終えたのサインを出して私は逃げるようにケトルを掴んだ。神田くんが言ってたカフェオレの粉をカップに入れて、クリスマスを神田くんと一緒に過ごす自分を想像してありえない!とばかりにお湯をじょぼじょぼと勢いよく入れた。


「あっつ…!」


勢いよく流したお湯はそのままの勢いでカップに流れ込み、お湯を跳ねかえらせた。もちろんそれは私の手に少しだけかかり、一瞬だけお湯を入れる手が止まるけど、そこまででもないので構わず二杯目のカップにお湯を入れようとしたら、その手は大きな手に掴まった。


「何してんすか、」


少しだけしか入れてないカップの隣にケトルを置かされて、焦ったような声を出した神田くんは思いっきり蛇口をひねってお湯がかかった手をそこに引っ張った。


「……火傷にもならないよ、こんなの。」

「いいから、後で塗り薬とか塗ってください。」

「はーい。」


へー、意外に面倒見いいんだね。と心の中で呟いて、すぐそこにある神田くんの横顔をチラ見した。
整った、顔。こんな綺麗な顔した男の子が私とクリスマスを過ごす?おいおい、おばさんが若い子の時間を奪ってどうするのよ。彼の優しさはすごく嬉しいけど、そんなこと、させられないよ。きちんと断ろう。ありがとう、そう言ってくれて嬉しいよ、でもクリスマスは友達とかと一緒に過ごすんだよって。


「あのね、神田くん。」

「嫌いなものとか、あります?」

「へ…?特にないけど。」

「じゃ、俺が適当に店探しとくんで。絶対、予定、空けといて、ください。」


念を押すように単語一言一言区切って言った神田くんの目からは、私の拒否権とかやんわりお断りする権など、カケラも見えなかった。


「俺、薬もらってきます。」


手、そのままにしといてくださいね。と言われて私はぽかんと口を開けてしまった。
その後、神田くんに塗り薬を塗ってもらった記憶はなく、取りあえずカフェオレにお湯入れすぎて味が薄くなってまずかったことだけは覚えていた。


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