01


今年もこの季節が来た。

追い出されるようにして満員電車から降り、酸素を求め喘ぐようにして駅を出た。まだ陽は上り始めたぐらいなので、目に入ったそれは光りを灯していなかったが、陽が落ちるとそれがいっせいにびかびかと光りだすかと思うと、独り身な私からするとゾッとする。
常日頃から人肌恋しくはあるけれど、この時期になるとそれが一段と体と心にしみる。まるで傷口におらーっと塩を盛るくらい。……いや、それは痛すぎるな。うん、つねるくらい?かな?もっと痛い?

駅から徒歩5分という割と好条件な位置にある勤め先のビルに入り、自分の社名が書かれた銀色のポストを覗く。入ってるのはクリスマスと忘年会を兼ねた飲み屋のチラシ。忘年会だけでいいわ、ボケ。


「…クリスマス爆発しろ。」


昨日ネットで見かけた単語を何気なく呟く。まったく今の私の心情を表したかのような言葉だ。爆発。そう爆発しろ。クリスマスってお前ら日本人だろ。あといつからクリスマスが恋人同士のイベントになったんだよ。なんて既に使い古されたような言葉を心の中で吐くと自然と溜め息が出てしまう。


「破滅願望でもあるんですか。」

「わっ…、び、びっくりした…」


すぐ後ろから急に声が聞こえて自分の声が変に上擦ってしまった。びっくりさせた本人はイタズラ大成功、なんて顔はまったくしてなく、むしろすみませんと小さく謝った。


「おはよう、神田くん。」

「おはようございます、ミョウジさん。」


にこりとはしないが少しだけ頭を下げて挨拶してくれたのは、新入社員の神田ユウくん。営業の子。彼が入ったのは半年前だというのに、この半年間で彼は若きホープの称号を得ていた(年上受けがいいらしい)。
羨ましいほど綺麗でさらさらな長い黒髪をきっちりと縛り、少し長めの前髪からは涼しげな瞳が見える、鼻筋も通っていてスタイルもいい、一言でまとめると『イイ男』だ。


「で、なんで破滅願望?」

「爆発しろって言ってたから。」

「あー…うん、そうだね、言ってたね。」


聞かれてしまったか、と苦笑すれば神田くんは小さく首を傾げた。そんなふとした仕草でも絵になるようなかっこよさで、彼は。クリスマスなんて悪魔みたいな行事、困ったことも寂しい思いもしたことないんだろうな。


「ほら、あと一か月でクリスマスじゃない?そう考えると憂鬱だなーって。」

「どうしてですか。」


狭い階段を上がって、事務所の扉を開けようとする前に神田くんが扉を開けて先に通してくれた。ありがと、と言えば、いいえと短く返される。
初めて彼と会った時、その整いすぎた顔と涼しい表情で少しとっつきにくいイメージがあったのだけど、今はこんな彼を知れてそんなイメージはまったくない。不器用だけど、ちゃんと優しい子。弟とかだったらいいなー!なんて。年の離れ具合も(悲しいことに)弟な感じだしね。


「だって、神田くんも恋人とか友人と過ごすんでしょう?私にはクリスマスをわいわい過ごす相手がいないなーって。今年も寂しいクリスマスになりそうだよ。」


去年まで「何がクリスマスじゃー!」と一緒に酒を飲んでいた友人は今年の春に恋人ができた。とても優しい人だそうで、今まで休日は私と過ごしてくれていたのに、恋人ができればそんな時間は短くなるもので。
友人に恋人ができて僻むほど私は落ちぶれてはいない。しかし幸せそうで何よりです、合掌、と友達の前で手を合わせた。


「神田くんは?クリスマスの予定。…やっぱり彼女と過ごすの?」

「?」


事務所に入れば自分のデスクに荷物を置くなり、コートを椅子の背もたれにかけるなりで一瞬だけ会話が遠くなる。まだ誰も揃ってない事務所で少しだけ声を張った。神田くんは新入社員として、私は総務として、朝はだいたい私か神田くんが一番だ。


「彼女、いないっす。」

「またまたー。いいよ、私誰にも言う相手いないし、気にしない気にしない。彼女かわいい?」

「いや…、本当にいないです。」


まるでおばさんのように(彼からしたら十分おばさんかな。)言えば、神田くんはぱちりと大きく瞬きをした後、まるでそんな事興味ないですと言わんばかりにさらっと言った。
えーっ、嘘だぁ。キミみたいなかっこいい男の子がフリーなんてありえない。絶対彼女いるでしょ。それかもしかして今流行りの草食系男子?と言いたいことはたくさんあるが、その前に出勤だ。私はタイムカードのある棚へ行き、入社順に並んでいる自分のタイムカードと神田くんのものを取る。


「神田くーん、タイムカード押すよー。」

「はい。」


最初に自分のタイムカードを機械に差し込み、出てきたのと同時に神田くんのを差し込む。しっかりと印字されているのを確認して元の位置に戻す。それから神田くんに他の人が来るまで根掘り葉掘り聞いてやろうと振り向いたときだった。


「ねー神田く…っ、わっ。」


振り向いたすぐそばに神田くんがいた。一瞬目の前に壁ができたと思ったけど品のいいネクタイと白いシャツ、微かに香水が香るスーツにそれが神田くんだとわかった。背も高い彼はこんなに近くにいると本当見上げる形になってしまう。


「ミョウジさんこそ、クリスマスの予定は。」

「え、だから無いけど…。」


っていうか近くなあい?若い子、しかもイケメンにここまで近寄られると嬉しいっちゃー嬉しいけど、おばさん肌はもう近くで見れたものじゃないのであまり至近距離は好きじゃないんだけど。しかしタイムカードの棚を背後に、神田くんはじりじりと距離をつめていく。もう少しで鼻先が神田くんのスーツについてしまいそうだ。


「なら、クリスマス俺と過ごしませんか。」

「……へ…?」


ああせっかくのスーツにファンデついちゃうよ!なんて距離というよりも彼のスーツの心配をしていた私の耳に、なんだか不思議な言葉が入ってきた。……は?クリスマス?神田くんと?……私が?
じっと見下ろされた瞳に返す言葉が見つからなくて数秒くらい息に詰まったけど、その間に彼の言葉が私への慰めと社交辞令という名目で処理されると、私の頭はクラッカーが鳴ったように愉快に弾けた。


「あっはは、いいね!クリスマス!一緒に過ごそうか。ケンタッキーとか買ってぱーっとやる?あ、でもケンタッキーって予約しないと駄目なのかな。そしたらファミチキでも買って社内で盛り上がろっか!」


後輩に!しかも新人に!
慰 め ら れ た !!
これは今度友達に聞かせて一緒に笑い転げたいネタができた。全然笑いごとじゃないけど私にかかればそんなのネタだ。神田くんキミおっもしろいこと言うねー!なんて逞しそうな腕をばんばんと叩けば、私を上手くからかえなかったからか神田くんはむっと口を結んだ。ふふ、甘いよ。おばさんをからかうなんて百年早いんだから。


「ミョウジさん、俺は」

「おはよーございまーす。って相変わらず早いなぁ二人ー。」

「あ、おはようございまーす。…神田くん、何か言った?」

「……なんでも。」


神田くんが言いかけたのは事務所の扉が開いた音で消されてしまった。朝の挨拶をして神田くんに聞き直せば神田くんはぷいっと髪を靡かせてデスクに戻ってしまった。む…、どうしたのだろ、少しだけ拗ねたような顔をしていたけど。まさか私をからかえなかったことがそんなに悔しかったのだろうか…、いやまさかね。
でも結局、その日の神田くんは朝礼でもむすっとしていた。でもよくよく考えると神田くんのあの顔は『自前』なのだからあまり気にしないことにした。


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