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嘘、だったらしい。
ナマエが男と看護婦と三人で逃げる話は。もちろんコムイもそんな話は聞いていないと、ナマエのイノセンスを受け取って眼鏡で表情を隠した。今思えば可笑しな話だ。教団から逃げられる訳が無いのは、俺が一番よく知っていたはずなのに。
あの後、ナマエは肉体を残さずイノセンスと制御具だけ残して消えた。男と看護婦にそれを伝えれば二人は俺を責めるわけでも罵るわけでもなく涙を流し、どうしてか俺を抱き締めた。俺はそれを拒むわけでもなく、ただただ立ってそれを受け止めていた。残った制御具に、あの時もっと早くこれを外していればナマエは助かっただろうか、寿命を消費してでもその場は助かっただろうか、そう呟いたが男に首を振られた。ナマエはもうそんな寿命など残していなかったのだと言う。俺がナマエを任務に連れて行った時点でナマエは既に限界だったらしく、寄生型としての食欲も、体力も、イノセンスの能力も全てが著しく、限界だったという。対象者の怪我も吸い取れず、後は死期を待つだけだった、と。

それなのに、あんな嘘まで吐いて俺と一緒に任務に出ようとしたのは何故なのだろうか。そしてナマエが息を引き取る際に感じた左胸の熱は何だったのだろう。列車で言いかけていた極秘任務とは。コムイ、ドクター、看護婦に聞いてもどれもわからなかった。

ただ、微かに感じる左胸の温かさに俺は無性に泣きたくなった。

胸の梵字が、抑えられているのだ。あんなに様相を変えていた字が、元に戻っていた。



その日から、俺はあの夢を見なくなった。


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