20
夢を見ていた。
何処か長閑な場所に俺がいる。ここは何処だろう。そう見渡してみるがまったく知らない場所だ(でも何処かで見たことがある)。ここは一体、もう一度見渡した時だった。とん、と足に何か柔らかいモノが当たって俺はそれを見下ろした。
「おにいちゃん」
小さな、男児だ。短くさっぱりとした髪はつんつんと跳ね、しかし触ればきっと子供独特の柔らかい髪なのだろうとわかる。顔はぽってりと子供らしく、体付きもまだまだ男というより子供で、くりくりとした大きな瞳が俺を捉えていた。
「お前…」
確かに初めて見る子供なのに、むしろ知るわけもないのに、俺はそいつの名前を知っている気がした。
俺を見上げるガキは、俺がその名前を紡ごうとする前に誰かによく似た笑みを浮かべた。
「おにいちゃんありがとう。ぼくのおねえちゃんたすけてくれて!」
「お前は…」
「おねえちゃん、しあわせそうだった、ありがとうっ」
にっこり笑うガキに胸が苦しくなった。切なくて、悲しくて、愛しくて苦しくなった。あぁ、そうか。アイツは、救われたのか。お前からも、自分からも。
俺を見上げるガキはあいつとそっくりな笑みを見せて、消えた。光の粒子は俺の体を通り、空に上る。そうか、お前が…、お前が俺にずっとあの夢を見せていたんだな。お前もあの馬鹿な女を救おうとしていたんだな。あいつもあいつだが、お前もお前だな。姉弟愛が空回りしすぎてる。
俺は、アイツに何かしてやれたのだろうか。既にカウントダウンの始まっていたあの女に、俺は何かしてやれていたのだろうか。いや、何も出来なかった。むしろ最後の最後まで治療された。それでもお前は、結末の変わらなかった俺の悪夢に、アイツは幸せそうだった、と。そう言ってくれるんだな。
ナマエ
さよならを小さじ一杯
飛び込んできた天井に、俺は涙を流した。
ひどく、長い長い夢を見ていた気がする。とても悲しくて、愛しい夢を。どんな夢だったと言われてもどんな夢だったか…。でも、悪くは無かった気がする。零れた涙を手で拭ってベッドから起き上がる。脇に置いた携帯を見れば丁度起床時刻で。(ね、みぃ…)大口を開けて欠伸をすれば、部屋のドア向こうからトントントンと階段を上る足音が聞こえて(一度べちゃりと音がした)、思わず頬が緩む。(今、絶対こけたな…)そしてぱたぱたとスリッパの音が聞こえてノックと一緒に扉が開かれる。そしてそこからひょっこりと顔出す姉に、俺はベッドの上で笑って迎えるのだ。
「おはよう、ユウ君!」
end
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