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ナマエをよく見掛けるようになった。いや、よく『見付けれるようになった』の方が正しい気がする。ナマエは相変わらず深夜にしか出歩かないし、人目につくところにはいない。見付かりそうになったとしても逃げるだろうし。それでも俺がナマエを見付けれるようになったのはどうしてだろうか。心当たりが二つある。ナマエと関わる内に深夜でも起きてるようになった(おかげで朝がくそ眠い)。もう一つは、


(大聖堂……)


ナマエの姿を、俺の目が目敏く捕えるようになったからだ。
ナマエは誰もいない大聖堂の中心奥、掛けられた大きな十字架下に跪き両手を合わせていた。祈りを捧げているのだろうか。(お前の命を巣食ってる神に何を?馬鹿なやつだ。)十字架下にある祭壇には花が控え目に置かれてあり、あれはナマエのだろうか。
聖堂に並ぶ椅子の中心を歩き、ナマエはやっと顔を上げた。一瞬逃げの体勢を取ったナマエだが、俺の顔を見て再び腰を下ろした。


「神田君、こんばんわ」


ナマエは俺を見るとふにゃっと笑い、床から膝を離しゆっくりと立ち上がった。心なしか普段より柔らかく聞こえたナマエの声に耳が擽ったくなった。


「お祈り、か?」


祈りなんてやったことも捧げたこともない。やったとしても救われるわけがないんだ。そう嫌悪を含めて言えばナマエは静かに首を振った。それから花を整えるように花の向きをこちらに向ける。


「今日はナマエの命日なんだ。」

「ナマエって……自分にか?」

「今だけお姉ちゃんです」


お前はナマエなんだろと言えばナマエは悪戯してきたガキみたいな顔をして俺を見上げた。初めて見るその表情に、ここにいるのはナマエの姉なのだと理解できた。(そんな顔も、するのか。)


「今日はナマエにごめんねとさよならを言いに来たんだ。」

「?」


小さく、まるで独り言のように言われた言葉を俺の耳は拾ってくれなかった。聞き直そうとナマエを見れば「ううん、何でもない」とナマエは顔をぷるぷる振った。(…犬みてぇ…)


「それより、神田君はどうしたの?こんな遅くに…」


司令室に行ってコムイから任務はあるかと聞きに行っていた。イノセンスはないが残留アクマの殲滅が今入ったというからそれを貰って、その帰りにお前が見えたから、というのは出しかけて飲み込んだ。飲み込んだ代わりに見上げられた額を指で弾く。


「こんな遅くに起きてるようになったのは誰のせいだと思ってんだ」

「あだっ!って、ぼ、僕のせい?」

「今は姉なんだろ」

「はっ」


額を押さえたナマエを鼻で笑って言えばナマエは「そうか、今はお姉ちゃんだから…わ、わたしのせい?」と額を擦りながら俺を見上げた。


「でも、ナマエが死んでから殆ど僕って言ってたからなぁ…。意識しないと『私』なんて出てこないよ。」

「………」



どれくらいこの女はナマエとして生きていたのだろう。きっと、『死んだ弟に母親が狂って自分が弟のフリをするようになった』と笑って言えるぐらいの年月をそうして来たのだろう。


「神田君?」


未だ痛そうに額を押さえるナマエから目を離して祭壇に飾られている花瓶から花を一輪手に取った。それをナマエが置いた花束の上に置いた。一輪しかないが十分だろう。早く、コイツがコイツとして生きれるように。弟を弔う気持ちなど無い。俺は、その弟をいつまでも演じ続ける女が不憫で仕方ないだけだ。


「…………」


数秒程、ナマエが…ナマエの姉が俺にその大きな瞳を向けてぱちぱちと瞬きをしていたが、何見てんだ、と睨み返せば(いや、アイツは睨んではなかったが)女はゆるゆると首を振って纏う空気を柔らかくさせた。


「ありがとう」

「………」


手は合わせない。黙祷もしない。そんな俺にナマエの姉は綺麗に笑ってみせた。(あぁ、夢の女の顔だ。)それから女は俺の横に立ち、ゆっくりと小さな頭を俺の左胸に預けた。俺はそれに小さく驚きながらもあえて突き放しはしなかった。女があまりにも幸せそうに微笑むから、夢と勘違いしたのかもしれない。

きっと、そうだ。(胸が、温かい。)




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