13




久し振りに起きた朝のこの時間帯に体はまだ寝ぼけている。大きな欠伸が込み上げて口が開かれる。昨夜もナマエと少し話をして、寝た。それから、昨夜は夢を見た。あの夢だ。ナマエによく似た女を抱き締めて、戦場でナマエが刺される夢。それが何だか見る度見る度鮮明になっていく気がして、正直あまり睡眠という睡眠は取れていない。また込み上げてきた欠伸に口を開けば、後ろからくすくすと笑い声が聞こえて、後ろには口元を押さえて笑っているリナリーがいた。


「大きな欠伸ね」


笑うリナリーは俺の横を歩き、そのまま食堂への道のりを一緒に歩く。それがどうしたとそのまま黙っていればそんな俺の態度も幼馴染のようなコイツには何でもなく、そのまま二人で歩いた。


「神田、最近夜遅いみたいね。この間深夜廊下で歩いてるの見たし、深夜ふらふらしてるの見たって人たくさんいるってよ」


ふらふらって…、俺を徘徊症のように言うな。しかし深夜俺が出歩いてナマエと一緒に居たことを見られたわけでもないその言葉に小さく安堵した(って、何で俺があいつの心配をしなきゃなんねぇんだよ)。


「何してるの?」

「別に」
 
「寝不足の原因は夜更かしね。秘密の特訓でも?」

「何でもない」

「しっかり寝ないといい夢見れないわよ」


夢…か。
いつもなら鼻で笑い飛ばせたかもしれない。しかし夢と言われて気になる事が俺にはある。睡眠改善など興味は無いが、こうも毎日のように知ってる女が刺される夢を見るのは、辛い。


「夢…」


自然と口から零れていた単語にリナリーが驚いたように俺を見上げた。


「本当に夢見が悪かったりする?」

「………」


ナマエとは違う、大きな目が俺を見上げている。俺はしばらく間を置いた後、口を開いた。


「…女が、死ぬ夢」

「穏やかじゃないわね」


我ながら、夢見が悪くて寝付けないなんて情けない悩みだ、と笑いたくなる。しかしリナリーは俺の言葉に笑うでもなく、難しそうに眉を寄せていた。それから少し考えた後、もう一度俺を見上げた。


「予知夢って言っちゃうのはあれだけど…、何かの警告、とかかな」

「警告…?」


あの夢が、警告?つまりナマエがアクマに刺される事があるというのか。まさか、と今度は笑い飛ばせる自信がある(飛ばす程でもないが)。何故ならナマエはここから出ない。出なくてもいいエクソシストだ。その命果てるまで、この教団内でエクソシストの怪我を治し続ける。数奇なイノセンスに魅入られた、女。






「神田君の任務一緒に行ってみたいなー」


俺の部屋のベッドに腰掛け、さも当たり前のようにそこにいるナマエに俺はもう何も言えなかった。いや、入ってきた言葉にはすぐ返した。


「駄目だ」

「はやっ!何で!だってイノセンス振り回す神田君かっこいいって聞いた!」

「足手まといだ。」


早くも今朝のリナリーの言葉を思い出しすぐに却下した。そもそも連れていく気も義理もないのでコイツが俺と任務に行くなんて事あり得るわけがないのだが。任務は物見遊山気分で行くもんじゃない、と続ければナマエは鼻息を荒くして腕捲りをした。


「大丈ー夫!こう見えても僕、中央庁にいた頃はリン君に鍛えてもらってたから!」


リン君…?誰だそれは、と脳内をぐるっと一周させるが知らないものは知らない。コイツが中央庁に居た時に仲良くしていた奴だろうか。しかし、そいつに鍛えてもらってたと言う割にはあまり持久力がなかった気がする。


「駄目に決まってんだろ。だいたいお前、秘密の存在なんだろ」


『秘密の存在』という所をわざと強調したのは絶対着いてくるなという意味だ。イノセンスの能力は抜いて、こいつの戦闘能力は高が知れてる。きっとイノセンスの能力を特化するような訓練しか受けていない。実戦のエクソシストではないのは体付きを見ればわかる。


「…けち」

「あ?」

「何でもないでっす」


別に、その予知夢やら警告を信じているわけではないが(所詮夢だ)、そこで不満そうにしているナマエは俺の夢の中で何度も刺されて死んだ。アクマの剣によって。リナリーの言う通り、それがもし予知夢だとしたらナマエは死ぬ。アクマに殺されて。じゃぁ、最初に見る、幸せそうに笑う女は何だ?誰なのだ?


「…………」

「神田君?」


ナマエに似ている、でもナマエと違って幸せそうに、馬鹿みたいに笑うあの女。


「…か、んだ、くん…?」


こうやって、俺が頬に手をあてると恥ずかしそうに、とろけそうに程嬉しそうな顔をする女。俺がつられて笑ってしまう程に、幸せそうに笑う女。


「神田君、待っ…、」


小さな体に、柔らかい抱き心地、大きな目に夢の女と目の前のナマエが重なって、無意識に唇を合わせ……そうになって止まった。


「…………」

「…………」


俺とナマエの間に変な沈黙が流れて、顔には出ないが半端ない俺の焦りが手汗となってぶわっと押し寄せる。頬に手を置いた俺の体勢は如何にも、と言った感じでどうこの場を切り抜けようか。


「なんですかね…、これは…」

「あぁ…何だろうな…。」


互いに状況整理が出来ているようで出来ていない脳内に一歩も動けない。でも体勢が体勢なだけに目の前のナマエの頬が静かに紅潮していくのがわかった。頬に置いた手からもぶわっと熱が伝わってくる。そんなナマエに心臓がばくんっと鳴って慌てて手を放した。


「悪い、半分寝てた(と思う)。」

「ね、寝てたの!?神田君器用だね!」


居心地悪そうに座り直すナマエに顔を逸らした。やばい。……さっき赤くなったナマエに心臓止まるかと思った。


(可愛かった、なんて。)



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