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「痛い痛い痛い!ちょっと待って神田君!たんま!腕、響く…!」


見る限り適当に(この場合の適当はあれだ、いい加減の意味の適当だ。)巻かれた包帯からはじっとりと血が滲んでいて、また誰かを治したのだろう、という考えは一先ず置いといて、処置が大雑把すぎるだろう、とナマエがよく使用している医務室へと案内させた。ナマエは中央庁預かりとして別室を設けているらしく、そこで自分の治療や寝泊まりをしているらしい。
ストップストップ!と声を上げるナマエの襟首を掴みながら引き摺って、聞いた道順通りに到着した扉を開けた。最後に「ばかー!このばかー!」と言っていたが、後でシめる。
取り合えずこいつの治療だ、と部屋に放り込めば、コムイの部屋と医療班フロアで見た男と食堂で見た看護婦がそこにいた。二人は俺を見ると少し驚いたような顔をしたが、放り込まれたナマエにすぐ切り替えた。


「ナマエ君…、その腕…。僕聞いてないけど。」

「あー………。え、嘘。行く前にちゃんと言って出てったよ?腕負傷した人治してくるって。」

「聞いてないよ。それに治した後、すぐ僕に診せる約束だよね?」


ピシャリと返された言葉にナマエの肩が縮まった(嘘だったらしい)。こいつ、治すたび毎回こんな感じなのだろうかと目を細めている脇で、看護婦が包帯やらガーゼやらを手際よく準備していて、部屋にある医療器具や医療道具にナマエはここで治療を受けていたのがわかる。一方的に治してそのままではないだろうとは思っていたが、そうか、この二人が怪我を取り込んだナマエを治していたのか。


「ナマエ君…」

「大丈夫だよ。こんなのすぐ治るもん」

「治ってないじゃないか。」

「大丈夫、血も止まってるし。」


諌めるような男(多分ドクター)の視線にナマエは気まずそうに目を逸らした。そして包帯とガーゼなどを持って男の脇に控えた看護婦を一瞥すると、その一式をまるっと抱え取り俺の手を引いて部屋を出ようとする。


「おい」

「いいの!包帯とガーゼ貰えれば後は自分でできるもん」


自分で出来ていなかったから俺に連れてこられたんだろう(馬鹿だこいつ)、と言う前にナマエは俺の手をぐいぐいと引っ張り部屋を出た。向こうから呼び止める男の声が聞こえてくるが、ナマエは知らん顔だ。

(こいつ…これが一回じゃねぇな…)

しばらく知らない廊下(こんなとこあるんだな…)を歩かされて、ある部屋の前に着いた。ナマエはその扉を開けてするりと体を滑り込ませる。


「入って、神田君」

「?」

「ここ、僕の部屋」

「………」


…一応、時間を確認して頂きたい。
お前が活動している時間なんてわかっているだろうが、深夜だ。深夜に男を招き入れるとはどういう事がわかって…、いないからこういう事を言うのだろう。(仮にわかっていたとしても「僕は僕だから、男だよ」とか言い出しそうだ…)
仕方ない、とばかりに嘆息して部屋に入れば思ったよりも整った部屋がそこにあった。ベッドとクローゼット、それからベッドサイドテーブルの上に写真があるだけだからそう見えるだけなのかもしれない。写真には幼い頃のナマエと、いや、弟と姉。それから母親の写真。幼い姉弟を優しそうに見守る母親の顔からは、気が狂って姉の存在を殺してしまうようには見えなかった。


「神田君、駄目。」


その穏やかな家族写真をじっと見ていると、ナマエが唇を尖らしていた。勝手に写真を見たことに駄目と言われたのだろうか、それは…悪かった、と写真から目を離したがしかし、ナマエは違うことに唇を尖らしていた。


「駄目だよ。あの二人、恋人同士だから少しでも時間を作ってあげなきゃ」

「は?」


あの二人?恋人同士?
と思い浮かべられたのは、先程の二人だった。


「あのヒト達はね中央庁でも僕に良くしてくれて、僕の我がままで連れてきたようなものだから、せめて二人きりの時は邪魔しないようにしてるの」


あの二人、男と看護婦は恋仲なのか…。それで…、それがお前の怪我とどう繋がるのだとナマエの血で染まっている腕の包帯を見れば、ナマエはベッドに座り、ぐしゃぐしゃの包帯を解いた。包帯が解けたそこにはざっくりと何かで斬られた痕があり、そこからは血が流れている。


「…治ってんのか、それ」


止まらない流血にナマエはぐしゃぐしゃの包帯で止めようとしていたが、床には既に何滴か落ちていた。治っている様子もないそれにナマエは小さく呟く。


「イノセンスの力が、弱まってるのかな」


それは、イノセンスが寄生しているお前の心臓の事を指して言っているのか。コイツがイノセンスを使う度に、イノセンスはコイツの寿命を喰らう。こうして治りが遅いのは、最早吸い取る寿命も残りわずかだからだ、とでも言いたいのだろうか。
ぽたぽたと流れる血に俺はどうしようもできなくて、ただ傍に立って一緒にその傷口を見るしかできなかった。


「大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」

「心配なんて、してねぇ」

「うん、ありがとう」


そう切なく笑ったナマエに、ナマエが目の前で消えていってしまいそうな気が自分を襲って、待て、という代わりに抱き締めたかった。しかしそう伸ばしかけた腕は「なぁに?」と首を傾げたナマエを見て、ナマエの手に落ちた。

何をしたかったのだろう、自分は。(何がしたいのだろう)

でも、あのまま何かをしなければ、ナマエがどこかに消えてしまいそうな気がして、せめて、この手の上に手を重ねた。存在を確かめるように、ナマエの横に座った。


「やっぱり、神田君は優しいね」


小さな手だ。片手で丸めこめるぐらいの小さな手。

俺はただ、その手を重ねることで、消えないナマエに安心したかった。


「優しくなんて、ない」


手と手を重ねたナマエと俺の距離は、とても近かった。



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