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生ぬるい湯に浸かっている温かい感覚に、夢を見た。見知らぬ空間に俺はただただ寝ていて、そう、女が現れる。俺はその女を慈しむように受け入れて、触れて触れて触れて、女は幸せそうにそれを受けて微笑む。いつもの夢。どう見てもナマエにしか見えないその女を、俺はきっと、愛しいと思っている。笑う女を、俺は大事そうに抱き締めて、女は姿を消す。
そうだ、その後は先程の光景は夢なのだと言い聞かせるように世界が切り替わる。俺の世界だ。アクマの弾丸が飛び交う戦場。そこにはナマエがいた。間違いない、ナマエだ。どうして、お前がそこに。
叫んだ。その名を。しかしナマエは笑っていた。幸せそうに。

そして次の瞬間、アクマの剣に刺される。


「やめろっ…!」


自分の上げた声に目が覚めた。寝言で覚めるなんて…、と窓を見れば日はまだ昇ってこない宵闇で、そう言えば…生活が夜型になってきたから戻すために早く寝ようと寝たのだ。それが、こんな中途半端な時間に起きてしまうとは…。

「………チッ、」

夢見の悪さに舌を打つ。背中と額は汗で濡れていて、首がじっとりとしいて髪が絡み付く。夢の最後が知らない女からナマエに変わっていた。違う、あれはナマエだとわかった。前半の女は相変わらずわからず仕舞いだが、それもナマエに似ているのは変わりない。

(嫌な夢だ、)

知らない女を抱き締める夢も、知っている女がアクマに殺られる夢も。決していい夢ではない。俺は暑苦しい毛布を剥いでブーツに足を通した。

夢を見ていた時にだろうか、口が切れていて口内が血の味でいっぱいだった(余程魘されていたらしい)。




「あれ神田君?」


嫌な汗を湯で流して大浴場を出れば、出たところでナマエに会った。ナマエも風呂に入っていたのか、湯上りで髪がいつもより長く見えるがナマエに違いない。そして、それがひどく夢の女に見えて焦った。そうだ、幸せそうに笑う女の髪はもう少し長かったが、こんな感じだった。


「あれ…どうしたの?…口、切れてない?」

「っ…」


切った口端にナマエが気が付き、心配そうに俺に触れようとしたその手に体を引いた。最初はそれを受け入れようと思ったが、すぐに治されるのではないかと思い身を引いた。これぐらい自分だったらすぐに治るし、ナマエのイノセンスを発動させる程ではないと、足を思い切り引いて身を離して、間違いに気付く。


「あ…ごめん、ね…?」


苦笑したナマエの表情に、間違えたと思った。違う、そんな笑顔はさせたくなくて、見たくもなくて。じゃぁ、どんな顔ならいいのだ、と問われれば、俺はきっと、夢でみたあの女みたいな笑顔をコイツにもさせたいのだ、と答えるだろう。


「じゃ、おやすみなさいアレン君」

「はい、お疲れ様です」


苦笑と共に戻そうとしたナマエの腕を引き止めて、何とかその苦笑を解こうと寄った時だった。向こう側からリナリーとモヤシの声が聞こえた。その一瞬、身を固くしたナマエに気付く。ナマエから「逃げなきゃ」と聞こえた言葉に、俺はその細い手首を掴んだままリナとモヤシがいない反対側方向へと床を蹴った。小さく「神田君!?」と声を上げていたが、聞かずに暗い廊下を二人で走った。



先程の場所から然程離れてはいないが、もう誰も来ないだろうと掴んでいたナマエの手首を放す。ナマエは短くはぁはぁと呼吸を繰り返していて、改めてコイツが非戦闘要員なのがわかった。(いきなり走りすぎたか…)ナマエを逃げ連れてきた場所は開けたバルコニーで、そこからは欠けた月が大きく見えた。


「あ…あり、ありがと…」

「体力ねぇな」

「あ…はは…前はよく動かしてたんだけどね…へへ…」


ナマエはよろよろとバルコニーの手摺りに掴まり、大きく深呼吸すると呼吸はだいぶ落ち着いてきたように見えた。いつも、コイツは一人でこんな事をしていたのだろうか。人が来る度に、逃げていたのだろうか。何もやましい事などしてもいないのに。


「お前が……中央庁預かりのエクソシストだからか?」

「え?」

「人目を、本部のエクソシストを避けているのは。」


以前、自分は秘密の存在だ、とナマエは言っていた。何度も何処かしらで見つけはしたが、時間は深夜帯だし、人が少ない所を狙って行動はしている。俺とよく会うのは、人混みに近付きたくないという俺と行動範囲が一緒だからだろう。


「中央庁所属なのもあるけど…一番はあれかな。」

「?」

「さっき、神田君が取った行動が一番の理由だよ」


さっき俺が取った行動…。ナマエの手を引いてここまで走ってきた事か?…いいや、ナマエの手から逃げた事だ。


「僕の寿命使って治ってるって聞いたら、みんな気を使っちゃうでしょ?」


誰もが、他人の寿命を引き換えに怪我を治療してもらったなんて聞いたら気を使うに決まっている。気を使うどころじゃない。怪我は自分が負うもので、治すもの。それを、寿命と引き換え、ましては自分ではない誰かのなんて。


「皆の怪我を治すことができなくなったら僕のイノセンスはずっと回収できないまま。それは偉い人達にとってすごく困ることなんだって。だったら…、最初から接触しなければいいよね。」


戦場に立てない適合者は、いらない、ということなのだろうか。如何にも中央庁が考えそうな事にコイツはただ利用されているだけだ。その事に、自分がいいように利用されている事にコイツは気付いているのだろうか。


「でも…、本部のエクソシストの人達と、お喋りとか、したかったな。」


バルコニーに凭れかかり、指先で意味もない字を書くナマエを月光が照らす。今夜の月は欠けているくせに、白く強く光る。それがナマエの頬を照らし、透明に見えそうな気がした。


「喋ればいい。」

「…へ?」

「お前の人生なんだから、好きにすればいい。…お前は、変にごちゃごちゃ考えすぎだ」


色々と。変に考えすぎだ。考えすぎているからこんな事になってるんだ。弟のフリをして、自分の寿命を削って、変に縛られて。そんな縛りにかかる前に、逃げれば良かったんだ。やりたいと思ったことを、我慢せずにすればいいんだ。接触を持つななんて、持ってしまえばこちらのものだ。
そうナマエを見詰めたが、月に照らされたナマエのその顔があまりにも綺麗に見えて、思わず息を呑んだ。


「…そう、だね」


寂しげに零れた声に、俺の心臓が鳴った。(どくん、)



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