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「………」


思いっきり閉じた部屋の扉に背中を預けて、思いっきり顔を片手で覆って、思いっきり溜息を吐いた。


(なに言ってんだ…俺……)


何故自分がこんなむしゃくしゃした気分なのかがよく分からない。とにかくナマエの矛盾した話と投げやりな生き方にすごく苛々したのだ。ものすごく苛々したのだ。弟のために生きて自分は死ななきゃいけない?矛盾してんだよどっちかにしろ。だからって死ぬ方を選ぶな、かといって弟として生きてんのもおかしいだろう。

そう言ってやれば良かったものの、何故か伸ばされた手に、手を引き寄せて、夢のように抱き締めてやりたかったなんて、恥ずかしすぎるだろ。しかし俺が逃げるように部屋に戻る必要などあっただろうか。いや、あれは逃げじゃない。あれ以上馬鹿馬鹿しい話を聞きたくなかっただけだ。そう、そうに違いない。
俺はもう一度嘆息し、扉から体を離そうとしたが、背中に微かな振動を感じた。部屋に響く乾いた音。


「神田君?」


ナマエ、だった。


「あの…ごめん、神田君」


扉越しにナマエがいるのがわかる。ノックの後、小さく小さく声が聞こえた。
また同じような話をされるのはうんざりだ、と気付かなかった事にして扉から背中を離した。そして聞こえる声を聞こえないフリをして、耳を傾けた。


「その…卑屈すぎた」


その小さな声音はナマエではなく、まるでアイツ本人から言われている気がした。扉を隔てて見えるはずも分かるはずもないのに、ナマエは扉に額をこつん、と預けている気がする。


「ありがとう。神田君の言葉、とても嬉しかったよ。」


まるで、『私』に話しかけてくれてるような気がして。と言われて肩がずり落ちそうになる。だから俺はテメェに文句あったんだよ。ずっと、テメェにしか言ってねぇよ。(こいつすごい馬鹿なのかもしれない)


「あの、だから神田君…、部屋のドア開けてくれるかな。ありがとう、ちゃんと言いたい。」


直接お礼が言いたい、とナマエは言った。俺はしばらく黙って、それでも帰る気配のない扉の向こうに、ゆっくりと扉を開けた。別に怖じる必要もなかったのだが、そっと開けた扉の隙間から見えたナマエの表情はほっとしたような笑顔で、女そのものだった。(夢の、女と重なった)それからナマエはその隙間からするりと部屋に入ってきて、俺の胸に頭を預けた。小さな頭がこてん、と胸に落ちて、小さな手が俺の服を控え目に掴んでいた。


「……っ…」

「ありがとう、ありがとう、神田君。」


嬉しそうに微笑んだその笑顔は、夢の女そのもので、やっと見れた、こいつの見たかった笑顔に俺の心は満たさていく気がした。それから少しの隙間を残した扉を閉めて、ナマエの体を引き寄せた。小さい、柔らかい体から甘い匂いがする。女の匂いだ。やっぱり、お前はナマエとして生きようとしても、生きれない。お前は、ナマエの姉だ。


「ありがとう」


何度も言われる言葉にわかったわかったと言う代わりに抱き締める。妙な違和感を感じずにコイツを抱き締めれるのは、きっと夢で何度も女を抱き締めているからだ。やっぱり、重なってしまうのだ、夢の女とこいつが。


「ナマエが生きてたら、神田君くらいなんだろうな」


頭を擦り寄せるようにしてナマエは俺の胸に頭を預ける。懐かしそうに呟かれた言葉はきっとコイツ本人の言葉なのだろう。そしてナマエが俺と同じくらいという言葉を聞いて眉を寄せる。こいつは、どれくらいナマエとして生きてきたのだ。


「神田君、優しいからナマエを思い出すよ」


ナマエもね、すっごく優しい子だったんだよ、というナマエに違う、俺は優しいとかそんな奴でも何でもないと弱弱しく首を振ってもナマエは見てもいなっかたが、ナマエはもう一度俺に微笑んで見せた。


「本当にありがとうね、神田君」


その笑顔は、果たして俺に向けられているものなのか、ナマエに向けられているものなのか。胸に僅かな燻りを感じつつも、知らないフリをした。


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