08



あぁ…またこの夢か…。


またこの夢。ナマエによく似た女が俺に笑いかけている夢。柔らかく、幸せそうに、見ていた俺も、ついつられてしまうような笑み。俺はその女を今までそうしてきたように腕に抱き締め、その温かな感触を感じる。そして俺はその幸せそうな顔に、頬に手を置いて(…おい)、女もその手に自分の手を重ねて(おい)、でも自分はそうされる事が全然嫌じゃなくて(ちょっと待て)、むしろもっと触って欲しくて(待て、おい)、俺はその体をもう一度抱き寄せて(待て待て)、吸い寄せられるように互いの唇を────


「っ!!」


眩しい朝日に起きた。そう、願いたい。断じてあの夢の危機感に起きたわけではなく。かといって続きが見たかったとかそういうのは全然なく。眩しい朝日に起きたのだと信じたい。そう思い込むようにして、あまり陽の入らない部屋で浅く息を吐いた。




「はい、ありがと。」


先日の報告書をコムイに渡しに司令室へ向かった。いつものように適当に書いた報告書をコムイに渡そうとしたその時だった。


「ナマエ君と仲良いみたいじゃブッ!!」

「悪い、手が滑った」


出てきた名前に思わず報告書をコムイの顔に投げ付けた。そんなつもりはまったくなかったのだがナマエと聞いて(すぐに今朝の夢を思い出して)手元が狂った。いくら夢に出てくる違う人間だろうが、気まずいのは変わりない。
それにしても仲良くはともかく、ナマエの事をコムイから聞くとは。「手滑りすぎじゃない?今すっごく入ったよ。」と鼻を押さえるコムイは眼鏡をかけ直した。


「ナマエ君がね、楽しそうに話してくれるんだよ。神田君のコト」

「………」


俺との会話は逐一報告されているのか、それともただの世間話なのか、多分後者なのだろうが、コムイが言う『楽しそうに話すナマエ』の姿というものが何となく想像できる。


「あれ…もしかして照れてる?」

「刻むぞ」

「怖いね」


そう言えばナマエ君は神田君を怖いとかも言ってたなー、とコムイが言ったが一笑に付した。クール、失礼、の次は怖いか。俺はあいつにどんな風に見られているのだ、と思いつつ、コムイに楽しそうに話したという光景に、あの笑顔はあるのだろうか、と思った。夢の女のような、またはあの看護婦に見せるような笑顔。
…あの看護婦は、きっとナマエ専属の看護婦なのだと思った。何処となく、前に見た男と雰囲気が似てなくもなかった。


「…そう言えばお前、前アイツのイノセンスを発動させたくないと言ってたな」


男とここでブレスレットの遣り取りをした事を思い出し、その前にコムイとそいつが何か話していたのを思い出した。あれはナマエのことで間違いないのだろう。


「…気になる?」


と眼鏡を光らせてコムイに見上げられたが何とも返さなかった。「別に」とも、言わなかった。それはきっと、俺があいつに対して興味を持っているからだ。あの夢の女に似た、数奇なイノセンスを持ったナマエに。(正直、かなり気になり始めている。)


「神田君の場合、ナマエ君より、ナマエ君のイノセンスが気になってるのかな」


何も返さなかった俺に諾と受け取ったのか(どっちもどっちだ。イノセンスも気になるし、謎すぎるアイツも気にはなっている)、コムイが舌を潤すようにコーヒーを啜り机に戻した。


「彼のイノセンスは聞いたかい?治癒のイノセンス。心臓に寄生している。」


頷いてコムイの続きを促す。
それは、本人から聞いた。


「活動源力は、彼の命。彼がイノセンスの能力を使うたびに、イノセンスは彼の…彼女の命を食らう」


コムイが言った言葉に、コムイがナマエを彼から彼女と言い直した事にも気付かず、俺はコムイの前で沈黙を作って眉を寄せた。


「そんな発動、許してんのか」

「僕だったら絶対に許さない」


すぐに返ってきた返事にそうだ、コムイは発動させたくないと言っていたのを思い出す。
イノセンスの源動力が命?だとしたら、イノセンスが発動するたびにアイツの命は、人の怪我を負う度に寿命を削っているという意味か。そんな発動の仕方をコムイが許可するわけがない。発動するたび寿命が削られるなど。
では誰が、と思い掛けて深夜の医療班フロアを思い出した。


『探索部隊など治さなくて良い。本番に使えなくなったらどうする。』


あの時、
ルベリエの言っていた言葉は、


「中央庁預かりのエクソシストなんだよ、僕に彼女を止める権限はないんだ」


俺らエクソシストのことか、とたった今理解した。


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