07



日帰りで帰れると思ってた任務が思ったより少し伸び、日を少し跨いで教団へと帰ってきた。時間帯が時間帯なだけに科学班フロアも廊下も大浴場も人は疎らで、自分はこの時間帯が嫌いではなかった。うるさい場所より、静かなところがいい。最後に食堂に寄って腹を膨らまして寝よう、そう(ここも人が少ない)食堂へと足を運ばせると食堂の端にすっかり見慣れてしまったナマエを見つけた。ナマエの隣には一人の看護婦が居て、楽しそうに談笑している。
その笑顔に、足が止まった。
なんだ、あんな笑い方もするのか、と。楽しそうに、柔らかく、幸せそうに笑うその表情は、夢の女そのものだった。それをじっと見ていると、談笑の合間、ナマエが俺を見つけた。


「あ、神田君!」


やっほー、と手を振るナマエに相変わらず緊張感というものは感じられない(テメェは秘密の存在じゃなかったのか)。それを薄目で眺めていると、隣の看護婦が俺を見詰め、なんだ…?と小さく睨めば看護婦はにこりと笑って頭を下げた。


「私、先に戻るね」

「うん」

「食事が終わったらすぐ寝るのよ」

「はーい」


看護婦はナマエに一言二言何か言って席を立った。それからまた俺を一瞥し会釈をして、食堂を出て行った。一瞬、その笑顔が夢の女と重なった気がしたが、多分、きっと、気のせい。


「神田君一緒に食べよー」


カウンターから蕎麦をもらい、適当な席に腰掛けようとすると食堂端から元気よく声がかかる。……一応人は俺とカウンターの人間ぐらいしかいないが、お前はだから秘密の存在じゃなかったのか、そう意味を含めてナマエを睨めば、ひらひらと上げたナマエの手には包帯が巻かれていて誰かを治した後なのが窺えた。
…面倒だ。何で俺が誰かと食事しなきゃならないんだ。せっかく深夜で静かにメシが食えると思っていたのに、と盆を持ち上げてナマエの前に座った。


「こんなところにいていいのかよ」

「ちょっ…!僕にご飯食べるなっていうの!?」


サンドイッチとスープ、そしてサラダとデザートという普通の食事に、コイツ寄生型じゃなかったか…?と疑問に思うが、まぁ、いい(普通量を食べる寄生型が居てもおかしくはない)。


「神田君のなにそれ?」

「蕎麦」

「美味しい?」

「不味かったら食わない」


ずるっと蕎麦を啜ればナマエが「おおっ、なんか美味しそうな音!」と目を輝かせていた。蕎麦が珍しいのだろうか、それとも特有の啜るという行為が珍しいのか、とにかくナマエは楽しそうに俺を見ていた。…喰いずらい……。


「美味しそう〜〜。あ、でもここの料理は全部美味しいよね。ん〜何か久しぶりに料理したくなった!」

「料理?」

「僕の家、定食屋やってたんだ。だからこう見えて料理は得意なんだよ!」

「…喰えるものが無事出てくればいいがな」

「失礼!神田君超失礼!これでもハンバーグ作らしたら右に出るものはいない!って自称してた!」

「自称かよ」
 

アヒルのように唇を尖らしたナマエを鼻で笑って蕎麦を啜る。それでもめげずに自分が料理できる人間だ、と言い切るナマエの手に包帯が見えて、少し血が滲んでいるそれに先程治してきたのがわかる(さっきの看護婦が手当てしたのだろう)。


「…また治したのか」


滲む血に、先日のナマエの言葉を思い出す。傷を取り込んで、自分の中で治す能力。女のクセに、嫌なイノセンスを授かったものだ。……いや、コイツはナマエだから、男、か。ナマエは俺の言葉にハンバーグの話を止め、包帯をしてない手で隠すようにした。


「あぁ、うん。それが僕のエクソシストとしての仕事だから。」


確かに笑っているのに、その表情は薄かった。いや、抑えているように見えた。


「………」


その表情に、コイツの感情、もしかすると間に合うかもしれない。押し殺しているだけかもしれないと思った。(先程の看護婦の前での笑顔を、何故かもう一度見たいと思った。きっと、夢の女と一致する。一致、する。俺は、夢の女とコイツを、一致させたいのだろうか。)


「エクソシストの皆の怪我を早く治す、残酷なお仕事。」


辛そうに聞こえるその声に、ナマエの感情が隠れている気がした。


「…残酷じゃねぇだろ」

「残酷だよ、早く治して早く戦地に行かせてるんだよ。自分は教団にいて」

「…俺は、…そうは思わない」


何が俺をそうさせているのかわからないが、何故か、目の前の女を慰めるような言葉を口にしている自分がいた。


「お前もちゃんと、血を流している」


どうしてか、目の前のこの女を夢の女と同じように笑わせないと気が済まない気がしてきた。どうしてかはわからない。だけどきっと、夢であの女はあんなに幸せそうに笑っているのに、目の前の女がそう笑ってないのがすごく不自然に思えたからだ。
残酷なんかじゃ、ない。そう最後に付け足せば、ナマエは少しきょとんと間を置いた後、ゆっくり、ゆっくりと微笑んだ。

 
「…ありがとう」


ふわりと笑ったその笑顔に、一瞬箸が止まった。


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