06





またあの夢を見た。どんな夢だったかあえて思い出すのも面倒になる程のいつものあの夢。そして改めて似ていると再確認する夢の女とアイツ…、ナマエ。最後はやはり女がアクマに突き刺される所で、俺はそこで目が覚めた。起き上った瞬間に来る倦怠感と女が刺されるという夢の内容に何となくまた寝付けなくて俺は外に出た。

教団外の森に出れば深夜独特の香りが俺を包み、息苦しかった事を忘れさせる。小さく深呼吸をして体に冷たい空気を取り込み、夢を忘れさせようとするが逆に意識がはっきりとしてしまって女が鮮明に浮かび上がってきてしまった。俺を見て幸せそうに笑って、俺に抱き締められる女。小さくて、割れ物のようなその女はやっぱり、ナマエに似ていた。似すぎていた。しかし俺の中で夢の女とナマエは別人だと言っている。一体、何なんだ、女も、ナマエも。


「…ナマエ」

「うん、呼んだ?」

「っ!?」


意味もなく呟いたアイツの名前に返事が返ってきて思わず腰の六幻を構えるが、聞こえた声に手を放す。声はどうやら上から聞こえ、その声を辿るように俺は一つの木を見上げた。


「こんばんわ、神田君」

「………」


へらっと笑って木の枝に腰掛けているのはナマエで、どんな登場の仕方だ、と思いつつも一人ソイツの名前を呟いた事を後悔した。居るなら居ると、言え。意味もなく呟いたその名前は本当に意味がなく、変に突っ込まれる前にこちらから話しかける事にした。


「何してんだ」

「散歩。夜の森は誰も来ないから。」


今はひと休み中なんだ、と言ったソイツの手には紙が握られていて、手紙、だろうか、それを見ると「あぁ」とナマエは手紙にキスをした。


「これ?ママから。手紙のやり取りしてるんだ。」

「いい年してまだ母親離れしてないのかよ」

「僕じゃないよ、ママが子供離れしてないの。でも仕様がないんだ。ママは僕が生きてることで生きてるから」


『ママ』と聞いて俺は鼻で笑ってやったが(ナマエは困ったように笑ってた)、その後に繋がれた言葉に眉を寄せた。ナマエは何処か遠くを眺めながら、補足するように口を開いた。


「ママは病気なんだ」


頭がちょっと、ね。と指で頭を叩く姿に「あぁ」と理解する。


「ママは、『僕』が死んでおかしくなっちゃった」

「……は…?」


しかし続けられた台詞に理解が吹っ飛ぶ。僕が死んでおかしくなった…?死んでるのか、コイツ?霊魂?そんな馬鹿な。俺が見えているし、他の人間にも(と言っても少数だが)見えている。……頭がちょっとなのはコイツじゃないのか、とナマエを見上げればナマエは「僕幽霊じゃないよ!」と手を振っていた。


「『僕』っていうのは、私の弟のことで、僕のこと。」


私、と突然言われた言葉に、何故だか心臓が鳴った。


「…あ?」

「私、弟が死んでから、ずっと弟のフリしてるんだ」

「………」


理解に、苦しむ。


「わかる?」

「…馬鹿にすんな(もっと解りやすく言え)」


つまり、なんだ…。コイツは、あれか。死んだ弟のフリをしている……女?姉、なのか?そうナマエを見上げれば、月に照らされた肌がびっくりする程白くて、急に女にしか見えなくなった。でも、よく考えてみれば女だ。掴んだ手首は細かったし、体も丸い。目も、大きい。


「弟は、僕…ううん、私のイノセンスの気配に寄ってきたアクマに殺されて死んじゃった」


木の上で足をぷらぷらと遊ばせるその姿、表情はやっぱり笑っているのだが、どうも夢の女の表情ではない。


「アクマはその場に来てくれたエクソシストによって破壊されるんだけど…」


夢の女は、本当、幸せそうに笑う。
この女は、とても、悲しそうに笑う。


「ねぇ覚えてる?そのエクソシストって神田君のことだよ」

「……覚えてない」

「ま、そうだよね。いちいち助けた人の事なんて覚えてないよね。しかも僕、髪長かったし、女の子の格好してたし。あ、でも女の子の格好っておかしいか。私は女の子だし。」


ナマエは木から「よいしょっ」と降り、服についた木片を払って俺に向き合った。


「しかもその時、神田君、イノセンス見付けられなくてそのまま帰っちゃったし」

「…まさか」

「本当だよー。まぁ、見付けられないはずだよ。だって、イノセンスは僕の心臓に寄生してるんだもん」


心臓に、寄生…?コイツが寄生型な事に驚きもしたが、それよりも寄生場所に驚く。心臓に、イノセンスが寄生しているだなんて、あり得る話なのだろうか。いや、あり得てしまうのだろう。色んな姿形になって存在しているイノセンス。それが人間の体内に入ろうが入らまいが、イノセンスには全てにおいてあり得てしまう。


「それから…、弟が死んでから、ママはおかしくなっちゃった。狂っちゃてね。ずっと弟の名前を呼び続けてるママに、僕は見てられなくて……、弟の服を着て、弟の真似をしたんだ。」

「………」

「そしたらママは僕のことを弟しか見なくなって、みるみる元気になって。ママの中ではいつの間にか『私』が死んで僕が生きてることになってた。その内、私も、私のせいで死んでしまったナマエの代わりに生きようって思うようになってたんだ。」


大事そうに抱き締める手紙の文面には子の無事を心配する言葉と、ナマエの名前が何度も綴られていた。ナマエとは、コイツの名前であって、名前じゃないのか。


「ヘビーでしょ?」

「ヘビーと自覚があるならそれっぽい表情をしろ」

「へへっ」


一言も褒めてねぇよ。
それからナマエは献身的に母の世話をしたらしい。しかし元々母親は体が弱かったらしく、結局病院に入院することになり、その病院に付き添い、怪我した患者と接触したことで怪我を治せることがわかったらしい。しかも運が良いのか悪いのか、そこが教団のサポーターである病院ですぐに保護され、母親の治療費と入院代を条件に教団へ来たという。


「こんな能力があるなら、ナマエが死ぬ前に発動できれば良かったのに」

「寄生型は感情でイノセンスを操る。お前の場合、弟が死んだショックで発動したんだろう」

「うん、言われた」


母親の病気は治せないらしい。ナマエ曰く「自分は病気類のものは専門外」なのだと。骨折とかは治せるが、風邪等は治せないらしい。今は病気類も治せるよう訓練している、らしい。


「お前のイノセンスは、対象者の傷を吸って自分に取り込む能力か」

「うん。傷を取り込んで、自分の中で治すんだ。だから怪我したときは言ってね。神田君には命も救ってもらってるし、特別に予約なしで治療してあげるよ。」


対象者の傷を吸い取り、自分で再生する能力。痛みを感じないわけはないだろうに、ナマエは何てこともないように言った。母親の話を聞いた後に思ったが、こいつも母親と同じだ。どこかで、自分の心を落としてしまっている。自我は弟に奪われ、感情は何処かに忘れてきている。笑う以外、自分を表現できていない。


「あっ、ねぇ聞いたよ!神田君ってその剣でアクマを倒すんでしょ。戦ってる姿かっこいいって聞いた!見たいなぁ!!」

「誰が見せるか」

「ずっと思ってたけど神田君ってクールだよね!」


その笑顔はやっぱり夢の女そっくりだったが、あの幸せそうな笑顔には程遠い、悲しそうに見える笑顔だった。


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