04




多分あいつが落としたのであろう(というかヤツしか考えられない)ブレスレットをポケットに突っ込んでコムイの司令室に向かった。コムイのあの表情といい、言い方といい、絶対何かを隠しているに違いない。あの時はよく意味がわからなかったが、よくよく思い出してみれば無茶苦茶怪しいじゃねぇか。そう司令室に入ろうとしたのだが、司令室に見知らぬ白衣が見えて足を止めた。


「制御具無くしちゃったみたいで、また作ってくれないかな」


見ない顔だ。少なくとも科学班ではない。かといって何処に所属しているのかはわからないが、随分と優しそうな顔をした男がコムイに話しかけていて、コムイも普通に返している。


「床に額をぐりぐりつけて土下座してたからあまり怒らないであげて。」

「怒らないよ。それにしても土下座って……うん、なんとなく想像できる」
 

苦笑するコムイに男も笑っていたが、コムイはふと笑いを引っ込め、また違った苦笑を見せると男の雰囲気も少し変わった。


「本当は、制御具の前にあの子のイノセンスを発動させたくないんだけどね」

「それは僕だって…」 


悔しそうに呟かれる言葉に、何となく二人が話しているのはアイツなのではないか、と思えた。俺はポケットに突っ込んだブレスレット…、いや、制御具を取り出し、二人に存在を知らせるようにブーツを鳴らして司令室に入った。


「探しものはこれか」


制御具を片手に男の前に立つと、男ははっと息を呑んだ後、俺を訝しげに見詰めた。


「…ありがとう」


俺の手にあるブレスレットに男が手を伸ばそうとした瞬間、俺は手を引っ込めた。ちゃり、と手の中でブレスレットが鳴って、男の眉がぴくりと動いた。最初の優しそうな雰囲気は感じられない。俺はそれに怯むことなく、抱えた疑問を吐き出した。


「あいつは、なんだ。」

「………」

「俺の傷の治りが早い」

「キミに教えることはない」


突き放すように、これ以上の質問を言うことすら許さないとばかりに男は俺を睨みあげていた。俺はそれを鼻で笑った。どうやら聞いてはいけないことらしい。(そう言えば、あいつは極秘任務とか何とか言っていた気がする…)言われた言葉に俺はブレスレットをポケットに仕舞い、男を睨み下げた。


「ならこれは返さない」

「好きにするといい。室長、頼みます」

「………」


思った以上の引きの良さ(というか食い付きもしなかった)に舌打ちをする。そのまま俺の横を通り去った男の背中に「おい」とかけてポケットの中のブレスレットを投げる(俺が持ってても仕方ねぇ)。男はそれを綺麗にキャッチし、そのまま司令室を出た。

「………」

結局わからず仕舞いになったか。
男の背中を見送って本題のコムイへと振り返ったが、口元に浮かべた笑みにコイツも無理か、と悟る。あの男が言わなかった事をコイツが言ってくれるわけが、ない。そうゆっくり溜息を吐けば、コムイは「ごめんね」と苦笑した。


「…気になるの?」


言われた言葉に、俺は少し固まった。気になる?馬鹿な。そんなんじゃない。


「…別に。」


ただ、夢に出てきた女に似ていたから







しかし結局コムイの言葉通りになっている自分がいる。例えそれが警戒心に近いものだとしても、それが気になっているのに間違いはない。

(くそっ、)

何度も振り下ろす六幻と一緒に雑念を払いたくても払えない。何故か。ずっと、ずっとずっと夢の女の顔が頭にこびり付いて離れないのだ。修練場の窓から見える夜空は既に月も隠れるような深夜で、自分がどれだけここでずっと振っているかがわかる(いや、時間を見てないから詳しくはわからないが)。夢の女の顔と、あいつが重なる。似ている。似すぎている。あの、幸せそうに笑う女と、アクマに突き刺される女、医務室で見たあいつ。
六幻を振り下ろし、気配を感じた。そのまま目だけそちらに向ければ、柱に身を隠すようにしてきょろきょろと辺りを見渡す、医務室で見たあいつがいた。俺の存在には気付いているのだろう、警戒しているのは俺以外の存在だろうか。回りに誰も居ないのを確認して、そいつは柱の影からひょっこり出てきた。


「誰もいない?」

「見りゃわかるだろ」

「これから来る予定もない?」

「知るか」


初めて、まじまじと見るそいつの姿に六幻を下した。
体つきはやはり小さい。しかし着ている服はやっぱり男物だった。そしてよく見たデザインのそれは間違いなくエクソシストの団服で、胸にもローズクロスが光っている。顔は小さいが目は大きい。髪は男でも女でも通用するような長さで、しかし女にしては…、少し短いかもしれない。

───そして、昨夜の傷が、何処にも見当たらない。

そいつは俺の前に立つと、にっこり笑って頭を下げた。


「ブレスレットありがとう。これがないと僕上手く制御できないんだ」


上げられた顔に少し戸惑う。夢に見た女と重なる。そしてアクマに刺された瞬間を思い出し、避けるように顔を逸らして皮肉交じりにそいつに言った。正体も名前も告げず二度も俺の前から逃げやがって、今はいいのかよ、と。


「今日は逃げないんだな」

「うん、もう粗方ばれちゃってる気がするし。あ、でも僕ここでは秘密の存在だから」


内緒だよ?と笑うそいつには相変わらず緊張感がない。だから内緒ならこうして俺の前に現れなければいいのに。来る途中に人に会ったらどうするつもりだったんだ(やっぱり、緊張感がない)。しかしコイツはただにっこりと笑っているだけで、俺に「じゃ、それだけだから。」と言うとくるりと背中を返して戻ろうとした。
その時、初めてそいつが足を引き摺って歩いているのに気が付いた。ずるずると歩き辛そうにしている背中に、俺は声を掛けた。


「おい」

「?」


呼び掛けた自分に静かに驚く(別に、用などないのに)。なぜ呼び止めた?気になってるから?(馬鹿言うな)
小首を傾げたそいつに目を逸らして(なんとなく、コイツの顔は見たくない)、そいつの足元だけを見た。


「足、どうした。」


そう、言えば、そいつはまたにっこり笑った。


「ちょっとね、おやすみ。」


笑うそいつの顔は、やっぱり夢に出てきた女そっくりの顔だったが、少し違う事に今気が付いた。確かに目鼻立ちや背格好は女に似ているのだが、その笑い方でわかった。女とあいつは違う。違う人物だ。

夢の女は、もっと幸せそうに笑う。




次の日、リナリーが足を負傷したと聞いたと同時に、「治りが早かった」と聞いた。


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