03


最悪だ。コムイの、あの(含みのある)表情が妙に気になって思い出していたら、アクマに不覚を取られた(クソ、失態だ)。痛む額と腕に舌を打ちながらも、俺は今日も医務室のベッドに寝転がり、あの夢に引き摺り込まれていた。そう、あの夢だ。

知らない空間に、あの女。女はにっこりと俺に笑いかけ、俺も女に笑いかけているのが頬の筋肉でわかる。どの顔で笑っているのだ、俺は。そしてなんて馬鹿馬鹿しい夢を見ているのだ(こんな、シアワセそうな夢)、と俺は自己再生を体で感じながらまた温かい何かに目が覚める。左胸が、温かい。


「お前…!」

「わっ…」


そして視界に入ってきたのは、またあの人間だった。(やっぱり、夢の女と同じ顔…!)そしてフッと横目に勢いよく入ってきた枕に、そう何度も同じ手に引っ掛かってたまるか!と被されそうになった枕を手首を掴む事で防いだ。部屋にぼすんと枕が落ちた音が響いて、しばしの間が流れる。


「誰だテメェ」


捉えた手首は驚く程に細い。女か?…いや、男?そう目を細めて見るが、性別がよくわからない。しかし男の格好をしている割には細い手首だ。


「いやっ、ちょっと放してくれる?僕仕事中なんで…!」

「答えたら放してやる」

「無理無理!極秘任務中!っていうか、マジ早く放して!早く!!」


緊張感の感じられないそいつの態度に誰が放すか、と手首に力を入れるが、そいつは顔を顰めつつも「早く放して!」としか言わなかった。だから誰が逃がすか、そう言おうとした時だった。


「……!…っ…ぁ、」


掴まれた手首をそのままに、そいつは急に苦しげな声を出して息を荒くさせた。掴んだ手首からは最早抵抗する反応がなく、俺の気を紛らわせて逃げるつもりか、と更に力を入れたがその様子もなく、そいつはもう片方の手で額を抑えた。そしてその抑えた手から、赤い何かがこぷりと溢れた。


「なっ…!」

「いっ…たぁ……!」


こぷりと溢れたそれは紛れもなく血で、そいつの額からは血が流れていた。まさか、そんなはず…。先程まで傷一つもなかったそいつの額には生々しい傷があり、どくどくと血を流している。その光景に言葉を失っていると、掴んでいる手首から湿った感覚が伝わった。額の流血に目を奪われながらもそこに目を落とすと、何故か掴んでいた手首は服の上からでもわかる程赤黒く染まっており、それは腕から流れているのだと服の濡れでわかる。そしてそれも血だと理解するに時間はいらなかった。


「…う…く、…!」

「…おまえ、…」


額だって腕だって流血させる程傷付けても掴んでもいない(額に限っては本当に何もしていない)。信じられないその光景に、俺は思わず手を緩めしまった。すると今だ!と言わんばかりにそいつは俺の腕を振り払い、また勢いよく扉を開けてぱたぱたと走り去って行ってしまった。


「………。」


血が、ところどころに落ちている。てんてんと続く血痕を、目で辿って、本当に何だったんだと訳の分からない出来事に髪を掻き揚げた。


「……!」


そして髪を掻き揚げ、下した腕に気付く。
(……っ)あんなに熱を持っていた額の痛みと腕の痛みがいつの間にか消えていた事に気付く。

(もう治ったのか?いやまさか、いくら何でも治るのが早すぎる。)

慌ててぐるぐると巻かれた包帯を解けば、確かにそこにあったはずの生傷が綺麗さっぱりと消えていた。まるで傷など存在していなかったかのように。

(………。)

俺はしばらくその光景に頭が真っ白になったが、ふと先程の流血を思い出す。

ヤツが流血していたのは、額と腕。
そして先日と今の俺の傷の治りよう。
モヤシとラビの、「思ったよりも早く治った怪我」。


「…あいつ……」


てんてんと続く血痕の先には、一つ、ブレスレットが落ちていた。


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