16
部屋を出ればマリがいた。
「おはよう神田。今朝はどうだい。」
と声をかけられて、俺は首を振る。
「毎日精神患者のような扱いを受けて最高と答える奴はいるか。」
「いない、な。」
望んでいたいつもの日常は、急に訪れた。ナマエのベッドで一緒に寝ていたはずの俺は起きたら見慣れたはずの懐かしい教団の病室にいた。それからドクターやら婦長やらに「気分はどうだ」とか「今までどこで何をしていた」とか色々聞かれてわかったのが、俺はナマエの世界にいた時、行方不明扱いにされていて今しがた教団外の森で発見されたらしい。そして今まで過ごしてきた経緯を話せばドクター達は各々顔を見合わせ俺に精神患者の扱いをさせた。いっそ殺してやろうかと思った。
今は、それがだいぶ落ち着いて、教団に戻ってきて一週間になる。
ナマエと過ごしていた日々はなんだったのだろう。夢、だったのだろうか。まさか、そんなはずはない。今こうしていつもの日常を送れているのも、身元正体共に不明だった俺をちゃんと世話してくれたナマエのおかげだ。現に、俺はナマエが買ってくれた服を着たまま発見されている。
三倍返し、と言って、返せないままでいた。結局俺は学生一人暮らしのナマエに無理を言わせてタダ飯タダ泊まりをさせただけだった。あの男の事で震えているナマエを、しばらくは一人にさせたくないとは思っていたのだが。
ナマエはどうしているだろう。
ナマエは大丈夫であろうか。
ナマエは、俺がいなくなってどう思っているだろうか。
食堂に行けばリナリーがいた。
「おはよう神田。」
「あぁ。」
適当に返事をして、適当に席について。適当なものを食べた。見慣れた食堂で見慣れた顔を見ながら、俺はやはり、あの時の夢と同じ事を思ってしまった。
ナマエが居ない。
ナマエが俺を帰らせようとしてくれた姿に苛立ちを感じた感情が、わかりかけていた。
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