貴方に酔う

『黒の教団親睦パーティー』

だか何だか知らないがナマエは兄が計画したパーティーの片付けをしていた。パーティー会場になった闘技場には出し物で使われたシュークリームの食べかすやら零れた紅茶やら氷などが散乱していてナマエは「もったいないなぁ」とぶつぶつ言いながらゴミを拾っていく。結局親睦パーティーは兄がリナリーの某を某したくて開催しただけという超くだらないものだった。当のコムイはそのくだらないパーティーに巻き込まれ開催理由に逆上した参加者(+リナリー)に追われ所在不明だ。パーティー開催者が片付けをしないとはどういう事だと机に散らばったトランプをナマエがかき集めていると、後ろから控え目に声がしてナマエを呼んだ。


「ナマエ〜」


振り返れば何やら疲れた顔をしたラビがげっそりと立っていた。


「おかえり、ラビ。兄さんは捕まった?」

「いやそれがなかなか見付からないから…こっそり抜けてきた。さっきから片付けの方手伝ってるんさ。」

「そう、ありがとう。」


今日は兄さんの変なパーティーにごめんね、と謝ったナマエにラビはいつもの事さ、と苦笑した。そして苦笑ついでに親指で自分の後ろを指した。ラビの背後に何かあるのだろうか、こてんとナマエが首を傾げればラビが体を引いた。


「で、ちょっと手伝って。」

「ん?私でよければ………って、」

「これ運んで欲しいんさ。」

「ちょっと……」


荷物を運んで欲しい、とでも言うようにラビに指差されたのは、地面に転がってすやすやと寝ている神田だった。パーティー前にコムイに『酒だか薬だか、わけのわからないもの』を飲まされたらしく頬は朱に染まり闘技場の固い地面の上なのに関わらずよく寝ている。


「何で私…?運ぶならラビの方がいいじゃない…。」

「あー、うん…俺もそう思ったんだけど…酔ってるユウが途中で起きたら何されるか……。」

「何もしないわよ。」

「っそれはナマエだけさ!」


ナマエの言葉にラビは声を上げた。ナマエは神田の恋人だから何もされないだろうが、神田は(任務以外で)教団内であまり信用がない。いつどこで神田の逆鱗に触れるかわからない。例え酔った神田を介抱していてもだ!コムイを捕まえることで教団の半数がそちらに行ってしまい片付けが滞っている今、神田という名の凶暴危険人物の介抱にあまり人数は割きたくない。だったら神田に確実着実問題ないナマエに任せるのが一番だ。酔った神田が起きて何か仕出かすのが怖いのだ、と言ったラビをナマエは睨んで肩を落とした。


「……仕様がないなぁ、もう。」

「頼むさ、代わりにこっちやっとくから。」

「お願い。みんなが戻ってくる前に片付けたいから。」

「りょーかい。」


いつも徹夜明けの科学班に、あちこち飛ばされている探索部隊、今日は遠くから来てくれたアジア支部の面々には変なパーティーに付き合わせてしまった詫びにすぐ寝られるようにしてあげたいのだ、とナマエは言った。未だ見付からないコムイの制裁が終わった後に片付けの手伝いなどさせられないと付け足したナマエにラビは目を細める。神田はきっと、ナマエのこんな所を好いたのだろう、と小さく思った。


「神田、起きて。神田。」


すぐそこで寝ている神田の側に膝を折って、ナマエは神田の体を揺さぶった。口から小さく神田の声が漏れるものの意識はまだ遠い。困ったように眉を下げたナマエにラビはにやにやと笑った。


「ナマエ。気を使わないでいーから、いつもみたいに起こしていいさ。いつも一緒に寝てるのは皆知ってるんさよ。」

「ラービ、茶化さないで。ラビが神田を運んでくれたっていいんだよ。」

「それは勘弁。」


両手を上げて肩を竦めたラビにナマエは小さく息を吐いた。そして立ち上がり、おもむろに太もものガーターを外して小さな棒を取り出した。それを横に振ればジャキジャキッと音を立てて背丈程の棍棒に姿を変える。ナマエのイノセンスだ。


「…揺すっても起きないなら、仕方ないか……。」

「ちょーっと待てい!何でイノセンス出したっ!!」

「え?ラビが言ったんじゃない。いつもみたいに起こしていいって。」

「いつもどんなバイオレンスな朝迎えてんさ!!」


お前達は本当に恋人同士なのか!?とラビは慌ててナマエにイノセンスを仕舞うように言うが「でもぉ…」と渋ったナマエを背中から抑えてイノセンスを仕舞わせる。こんなんだからいつも喧嘩が絶えないんじゃないか!?と背中から抱き締めるようにして仕舞わせたイノセンスに一息吐いたその時、足下の神田が身じろいだ。


「…ナマエの匂い……」


ごろりと神田の体が動き、うっすらと瞼が上げられたのを見てラビは慌ててナマエの体から手を離した。こんな体勢、シラフの神田に見られても命がない。


「神田、起きて。こんな所で寝たら風邪ひいちゃう。」


ナマエがまた膝を折って神田の体を揺さぶれば瞼はゆっくり持ち上がり、それと一緒に神田の長い腕も持ち上がり、それはナマエを抱き締めた。


「おおっ!?」

「ちょっ…!ユウ…!?」

「ナマエ…」


いつも皆の前では神田と呼んでるナマエが焦ってユウと言ってしまってるあたりが何だか生々しい!とラビが鼻息を荒くすればナマエの顔が赤くなっていく。同じように顔が赤い(赤くなっている理由が違うが。)神田は体を離そうとするナマエなんて何の其の、回りが見えていないのかぎゅううううとナマエを抱き締める。


「やっ…ユウ苦しい…!」

「兎くせェ……」


ナマエを抱き締めた越しに神田の目がギラリと光って獰猛な獣に睨まれた兎もといラビは体を緊張させる。しかしそれはナマエが神田の体を引き離した事によってそらされた。


「いい…加減にしてっ!!」

「…っ」

「ユウ!部屋戻るよ!」

「ん…。」

「寝ないのっ!」


ナマエの言葉に頷きと一緒に意識をまた落としそうになったのをナマエが体を揺さぶって引き戻す。神田はよろよろとナマエに支えられてやっと立ち上がる。そのまま神田に押し潰されてしまいそうなナマエの目がこちらに向けられた。


「…じゃ、片付けよろしくね。ラビ。」

「は、はい…。」


じとりと向けられた目に、やっぱり自分が運んだ方が良かったかもしれないとラビは思った。ナマエが押し潰される……と二人の背中を見送ったが獰猛な獣の瞳を思い出して首を振った。無理だ。あんな猛獣を手懐けられるのはナマエだけだ。




ふらふらと歩く神田の手を引いてナマエは神田の部屋を目指した。途中神田が「一人で歩ける…」と体を離してくれて助かったと手を離せばすぐに壁に頭をゴチッとぶつけてナマエは慌てて神田と手を繋ぐ事にした。教団にいる人がコムイと片付けに回ってこの階にいないのは良かった。神田と手を繋いでいるところなんて恥ずかしくて見られたくないし、こんな酔ってる神田を他の人になんて見せられない。一体兄に何を飲まされたのか、今にも寝てしまいそうに歩く神田にナマエは何て顔をしていいのかわからなかった。


(……ユウって酔うとこんな感じになっちゃうんだ…。ううん、兄さんのアレのせい…?)


周りが大人ばっかりのアジア支部で育ったナマエに酔い潰れた人を介抱するなど何度もしてきた事だが、神田はナマエの中で何処か勝手が違った。いつもクールで何があっても表情を崩さない神田がこんなとろんとろんな顔でふらふら歩いている。酒だか薬だか知らないが、本当何を飲まされたのか…。そうふらふらの神田に気を付けながら歩き続け、二人はやっと神田の部屋に到着した。


「神田、部屋着いたよ。」

「…眠くない…ぞ…」

「あとちょっとだから、頑張って。」


口調までまったりゆったりしている神田に何となく笑ってしまう。キャラが違いすぎて、何て言っていいやらわからないが、何となく、可愛い。部屋に入って覚束ない神田の体をベッドに座らせてナマエは息を吐いた。やっと、着いた。いつもなら対した距離じゃないのに果てしなく長く感じた。どこを見ているのかわからない神田の目は完全に開いてはなくて、頬はほんのりと染まり、ふわふわと体を揺らしている。そんな神田にナマエがクスリと笑えば神田の目がこちらを見上げた。首を小さく傾ければ神田の手がナマエの腕を引っ張り、神田の膝上にぽすんとナマエが収まった。そしてまたぎゅううううと抱き締められる。


「ゆ…ゆう…?」

「兎…くせ…」


まるで動物並みの嗅覚ね、とナマエが笑えば神田の手がナマエの団子に伸びてしゅるりとリボンを外した。結んでいたゴムもピンも外され、ナマエの長い髪が肩に落ちる。神田はそれに顔を埋めるようにしてナマエの首筋に鼻先を当てた。


「あ、あの…っ」

「いい…匂い…」

「は…!?」


神田の声が甘く柔らかく聞こえてきて体を捩りたい。神田以上に赤くなる自分の頬を隠したくて俯けば神田がそんなナマエを宥めるかのように頭を撫でる。指先にナマエの髪を絡めて、撫でるというより手櫛ですいてるようだ。


「さらさら…」

「い、いいや、ユウの方がサラサラだし…」

「いい匂い…」

「しないっ。しないって。香水とか何もつけてないもんっ」

「かわいい……ナマエかわいい…」

「ちょっと、ま、待って…何言って…!」


とろん、とした神田の目にナマエは思い出す。そうだコイツはただの酔っぱらい。何言葉を本気で受け止めているのだろうか自分は。そう…、そう理解しているはずなのに…。言葉や指先は間違いなく神田からのものだからつい反応してしまう。そんな事、されてもやられても…。


「こ、困る………」

「こまる…?困ってるのか?また何かあったのか?」

「な、何にもないっ。何でもないっ。」


お願いだからそんなとろんとろんな目や声でこちらを見ないで欲しい。これじゃぁ、どちらが火照らされているのやら。神田の胸板をやんわりと押せばその分腰に回ってる神田の腕が強くなった。そして体がそのまま横に倒れ、ベッドのスプリングが優しく二人を受け入れた。


「ユウ、酔ってる…」

「酔ってない…大丈夫だ…」

「酔ってる人ほどそう言うんだから。」

「ナマエ…まだ帰んな…」

「帰らないよ。…こんなユウ、一人にさせられないもん。」


潤んだ神田の唇がナマエに近付き、額、瞼、頬に落ちる。いつもなら迷いなく唇にくるクセに。隙間など与えないとばかりに神田の腕が強くなってナマエは観念する。そして少し身を捩って神田の唇に小さくキスをした。神田の瞳は優しい。この優しすぎる神田の瞳もいいが、やっぱり自分はもう少し締まりのある瞳の方が好きだと微苦笑する。


「ナマエ、すきだ…」

「…あ、ありがと。」

「一生…離さねぇ…」

「…うん…ありがと。」


閉じていく神田の瞼を見送ってナマエは神田の胸に顔を埋めた。きっと明日の朝はまた見たことのない顔をしている神田がいるのだろう。謝罪か記憶がないか、どちらのパターンかわからないが、取り合えず神田には酒は飲ませられないな、とナマエも目を閉じた。髪に神田の優しい指先を感じながら。








そんな貴方に酔いそう、


―『貴方に酔う』終―


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