灰色のゴーレム
初めてその存在を見た時はまるで蝙蝠みたいで、しかも言ってしまえば眼球に羽が生えているその形に怖い以外の感情は持てなかった。それでもそれはエクソシストの自分に、黒の教団に属している自分には必要不可欠なもので。その姿を好きになる、というよりも慣れる、という感覚で小さいころは傍に置いていた。しかし共に過ごす年月を重ねればこんな不気味なもので愛着はわくもので、よく見るとコロコロしているし、自分の後をきちんと追ってくる。簡単な言葉も理解するし、通信機器という役目もしっかりこなしている。極めつけは学習能力もあるらしく、主人と同じことをしようとする姿を見ると何とも言えない愛情が芽生えてくる。おまけに自分のそれはアジア支部の皆が作ってくれたもので、本部のスタンダードな黒ゴーレムと違って白のゴーレムだ。それは自分のゴーレムという認識を持てて、更に愛着がわいた。
(か、可愛い…!)
そんな自分のゴーレムのとある姿を見て、持ち主であるナマエはつい上げそうになった声を両手で塞いだ。ぱふっ、と音と一緒にナマエの、思いっきり吸い込んだ呼吸を聞いて神田は六幻の手入れから顔を上げた。どうした、と声を掛ける前にナマエが背中を向けたまま、机に休ませて(機能停止させて)いる神田のゴーレムと彼女のゴーレムから目をそらさず手招きしているのを見て神田はゆっくりと腰を上げた。六幻を座っていたベッドに寝かせてナマエの横に立てば、ナマエは声を抑えながら机の上の二体のゴーレムを指差した。その目はきらきらと輝いていて、どこか興奮しているように見えた。
「み、みてっ…!」
「………。ゴーレムが、どうかしたのか?」
「寝てるっ!」
「そら…、機能停止させてるからな。」
「違うよっ、そうじゃなくてっ…!」
よく見て!と言わんばかりに神田の襟を掴み、頬と頬がぴたりとくっつくまで二人は近付いた。一体何だ、と神田は眉を寄せたがナマエは変わらず興奮していて、机に、まるで団子のように身を寄せてオフ状態になってるゴーレムに鼻息を荒くしていた。
「二人で寝てる…!」
「(二人…?)そう、だな。」
「可愛いっ、よね!」
「…はあ?」
神田の眉と眉は更に距離を縮めた。ゴーレムに対して何言ってんだと一度ぐんと下がってから持ち上がったような声をあげた神田にナマエは人差し指を口にあてる。
「しーっ。起きちゃうっ」
「ないだろ。オフにしてんだから。」
「ばかっ、起きちゃうのっ!」
ばしん、と神田の腕を叩く音が(ナマエの言う通りゴーレムが寝てるのだとしたら)大きくて起きてしまうだろ、と神田は息を吐いた。急に声を抑え込んだから一体どうしたと思えばそんなこと。自分達のゴーレムがくっついて機能停止状態になってるだけではないか。
「カ、カメラ…!あ、カメラこの子だった…!」
それでもナマエはその姿を何かに収めたいらしく、一人わたわたと両手を泳がせている。
「写真撮るようなものか…?」
「え、だって可愛いじゃない。」
「ただのゴーレムだろ。」
「ただのゴーレムじゃないですー。私とユウのゴーレムですー。」
むっと唇を尖らせたナマエは一通り部屋を見渡した後、ここには二体のこの姿を残せるものは無いと諦め、残念そうに肩を落とした。
「あー…残念。せっかく可愛い絵なのに。」
「可愛い、か?」
ただの通話通信機器、見た目は蝙蝠で眼球のようなものに羽が生えたただのゴーレムではないか。
神田は再びベッドに腰掛け、途中だった手入れに戻ろうと六幻を手に取る。新しく油を塗った六幻は刀身を銀色に輝かせ、神田の黒い瞳を映していた。仕上がりをじっくり見ながら手入れ漏れがないのを確認し、六幻を持ち直し鞘に静かに納めた。手入れ用具を一つ一つ丁寧に仕舞い、最後に自分の手を、用意していたタオルで綺麗に拭けば、寝ているゴーレムに一通り満足したナマエがベッドに腰掛けた。
「ゴーレムって不思議だよね。」
「何が。」
「うーん。ただの通信機と思ったら色んな性能あるし。」
「ただのゴーレムとしか思えないな。」
「そうかなー。一つ一つ形も違うし、いつも一緒にいると可愛く見えない?」
「見えない。」
「えー。たまに私たちの真似してる時とか、可愛いと思うケド。」
「真似?」
「そう。ほら、顔真似とか。たまにしない?」
「しない。」
「…あー…ユウが仏頂面してるから?」
「あ?」
くすくすと隣で笑うナマエの額を小突き、神田はナマエを持ち上げるようにして腰を引き寄せた。後ろから抱き締めるようにしてナマエの首筋に顔を埋めればくすぐったそうな声が聞こえた。手入れ用の油独特の匂いが部屋に少しだけ広がっていたが、彼女の首筋に顔を埋めればその匂いは気にならない。しばらくナマエの匂いや柔らかさ、くすぐったそうな声を楽しんでいた神田だが、ふと顔を上げると先程ナマエがじっくりと眺めていたゴーレム二体が目に入った。
身を寄せ合うようにぴったりと体をくっつけて寝ている(…とは認めたくないが)ゴーレムに、ナマエの言葉が重なる。
「真似、か。」
「ん?」
「案外そうなのかもな、ゴーレム。」
「どうしたの…、急に?」
アーモンド型の目をぱちりと瞬かせたナマエの腰を強く引き寄せ、隙間なくぴったりと抱き締めて神田はナマエの耳元で口を動かした。
「俺達の真似、してる。」
「んっ、」
神田の吐息か、それとも声か。耳に神田の含みある声と吐息が直に触れてナマエはぴくんと肩を揺らした。
「見られてる時は見られてんだな。」
「そんな、っ、」
無意識に身を捩ろうとした体を抑え込むように腕まで抱き締め、薄い耳たぶをちゅうと吸った。
「んんっ、」
神田の腕から逃げようとする体をきつく抱き締めると、縋るような手が神田の足に触れた。小さな手は神田の服を震えを耐えるように掴んでいた。
「や、だっ、ゴーレムが、」
「ああ、寝てるな。」
耳から唇を離し、白い首筋に口付ける。ちゅ、と口付ければナマエから香る匂いが強くなった気がした。
「アイツらが寝ている内に、だな。」
「な、なにを…っ」
赤い顔をこちらに向け、口をぱくぱくしているナマエに神田はくっと口端を上げた。
「真似できないこと。」
―『灰色のゴーレム』終―
[*prev] [next#]