▼ さよなら炎
「甘い。弱い。遅い。」
「……ぅ、ぐぅっ!」
「まったく、1ヶ月も休むからこうなるんだ」
「………ぁい。」
復帰初日、久々のルスカイナ島での修行に私の身体は悲鳴をあげていた。
当たり前だろう。
半年以上毎日島で修行をつけてもらっていたにも関わらず、1ヶ月間部屋からも出ていなかったら衰える。
しかし前とは変わらないレベルでの修行をレイリーさんは課せてくる。
足だの腕だの腰だのがヒイヒイと悲鳴を上げて脳に泣きついてくる。
「…も、もいちど……おねが、します」
「ふん、心がけだけは1ヶ月前と違うようだね」
そこまで変わってないどころか衰えてはいけない。
だって昨日、私は決めたんだ。
ルフィ君……ルフィを守るんだと。
そしてちゃんとルフィと向き合うんだ。
自信をもって。
彼の船のクルーを名乗れるように。
「…ぁぐっ!!」
レイリーさんの重い蹴りが顎に決まって脳が揺れる感覚がし、気持ち悪さで今日の朝食を戻してしまった。
まだまだ道のりは遠いようだ。
***
「もう遅いし、修行はまた明日にしよう。」
「っはい!ありがとうございました!!」
おおおお終わった!
本当にキツかったけど、最後の方はなんとか着いていくことに成功してきて、何度か攻撃を躱せた。
よし、女ヶ島に戻ってご飯を食べよう…
そういえばまだハンコックは島にいるよね。
寝る前におしゃべりしたいなぁ。
「お、レイリー!ルカ!」
「!」
呼ばれた声に振り向くと、少しボロボロになったルフィが手を振りながらこちらに駆け寄っていた。
後ろには倒されたのであろう巨大なイノシシを引きずっており、
その笑顔とは全く似合わない姿だ。
逆に怖い。
「昨日ぶりです」
「見てみろ肉だぁー!!食おう!」
私の挨拶より肉しか頭にないルフィは素早く火種の準備を始めている。
細かい火加減などはまだ苦手そうだが、もともと野生児のような生活をしていたためか、こういうことはちゃんとできるようだ。
これは、私も今日はここでご飯ということでいいんだろうか……
ほとんどルフィくんが食べるだろうから、軽く食べて女ヶ島で用意されているであろうご飯を食べに帰ろう。
「………」
ルフィのつけた炎は、炎自体のゴウゴウという音と、木が燃えて割れるパキパキという音を立てている。
煙臭いな。
「ゲホッ」
「!大丈夫ですか、ルフィ」
「煙吸っただけだ」
そうだ、この炎は木の匂いの残る煙がでている。
エースの香りが残るあの炎とは違う。
もう、あの炎には出会えないのか。
もう、記憶の中にしかないのか。
「ルフィ、エースの炎は綺麗でしたね」
「んーそだなー」
肉を焚き火の回りに並べ始めたルフィの空気味の返事にすこし笑ってしまった。
記憶の中にしかないと悲観することは、もうなくなった。
私の背後にあるあの美しい炎は、私を見守ってくれているような気がする。
「エースの炎は、エースの匂いがした」
「………そうですね。」
「アラバスタの時もあん時も風呂入ってなかったな」
「っんぐ!!」
笑いを変に堪えてしまって変な声がでた。
そういえばエースは軽くしか体を流さなかったからな。
数日風呂に入らなかっただけでもそこそこ体臭がするだろうな。
「……ふふ、臭かったですか?」
「くさかった」
「あははっ」
「でも、夏島みてぇな匂いだ」
もう大丈夫だよ。
そう伝えるために背後にある太陽と海の匂いを纏う美しい炎に振り返ると、
炎は安心したように消えた。
ありがとう、私を助けてくれて。
さようなら、私の初めて好きになった人。
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