ナンパから救う狛枝
リクエスト:女の子がナンパされてたとき
「あ、みょうじなまえじゃね?」
つい振り返ってしまい、失敗したと直感した。ガラの悪い二人組が、ニヤニヤしながら近づいてくる。「超高校級の」とか「希望ヶ峰学園の」とか言っているから、ネットか何かで私を知った人だと思う。
「なんでこんなところ一人でいるの?」
「すみません、急いでるので……」
通り過ぎようとしたら、行く手を阻まれた。二人がじりじりと近づいてくるので、壁際に追い込まれてしまった。
「写真で見るよりかわいいじゃん」
「希望ヶ峰学園の生徒と会えるなんてラッキー。連絡先教えてよ」
下卑た笑みに見下ろされる。もやもやした気持ちになりながら、視線を伏せて「携帯持ってないので」としらばっくれる。突き飛ばして逃げ出したかったけれど、妙な噂を立てられるのも避けたかった。
「携帯持ってないとか嘘でしょ」
「じゃあ連絡先はいいから今から遊び行こーぜ」
手首を掴まれて背筋が冷えた。力じゃとても敵わないので、とっさに周囲を見渡す。何人かこちらを横目に見ながら通り過ぎていく。どうやら関わり合いになりたくなくて、わざと無視しているらしい。
「お茶ぐらい奢るよ?なまえちゃん可愛いし」
「いこーぜ」
「あ、あの、本当に私、急いでて――」
「みょうじさんじゃないか」
増えた声に男たちの動きが止まる。彼らの背後にはB組の狛枝凪斗が立っていた。
話したことがない上に、あまりいい噂を聞かない彼だけど、本当に救われた気持ちになった。「狛枝君!」とすがるように名前を呼んだら、男たちは面白くなかったようで、私の手を離して振り返る。
「何?なまえちゃんの知り合い?悪いけど俺ら仲良しで、これから遊び行くんだよね」
「すっこんでろよ」
どうやら狛枝君の存在は、男たちにとって脅威になり得なかったらしい。確かに狛枝君は喧嘩が強そうには思えない。一対二ということもあって、男たちはかなり強気に出た。
「残念だけどキミたちはあまりみょうじさんに相応しくないようだね。彼女は希望の象徴なんだよ?」
言いながら男たちを無視して私の手首を握った。引っ張られ、彼らの間を抜けて、狛枝君の胸に抱きとめられる。守るように背後に回され、心臓がバクバクと鼓動を早め始めた。
「……調子のんなよ。お前、何様のつもりだよ」
「ボク?ボクのことなんて知らなくても仕方ないよね……。一応希望ヶ峰学園の生徒だけど、超高校級の幸運なんていう、ただの抽選枠だし……」
狛枝君がやたらと明るい声で言う。異様な雰囲気に、男たちもわずかに眉根を寄せていた。
「ボクだって分かってるんだ。自分はゴミクズで、こうして彼女を守るにも値しないって。喧嘩はあまり得意じゃないし、運動もできるわけじゃないからね。ボクができることなんて希望の踏み台になることぐらいだから……」
「何が言いたいんだよ」
狛枝君の体がわずかに浮いて、胸倉をつかまれたことを知る。彼の背中にすがりついているだけだった私は、自分のことでもないのに悲鳴を飲み込み震えた。
「おかしいな……。話、伝わらなかった?でも納得したよ。だからキミたちは希望になれないんだね」
狛枝君は今にも殴られそうなのに、まったく同じトーンで言った。男の一人が苛立ちから拳を振りかぶった瞬間、彼が低くささやくように呟いた。
「ボクは希望の踏み台だ。――だから他の希望のみんなに頼ることにしたんだよ」
気づけば私たちのすぐそばに、大柄の男が立っていた。一瞬、奴らの仲間でも来たのかと思ったけど違った。大柄の男は狛枝君を殴ろうとした手を掴んで止めている。びくともしないのか、ナンパ男は青ざめて震えていた。
「弐大クン!来てくれたんだね。ありがとう」
狛枝君があっけらかんと言い、大男が超高校級のマネージャーだと気づく。二人組は弐大君の迫力に押し負けたのか、腕を解放されると、悔しそうにそそくさと逃げ出した。
「なんだ、もう片付いたのかよ」
「無駄な争いを避けられたのは良かったな」
後から小さな男の子と、それに付き従うおさげの女の子がやってきた。さらにその後から来た、妙にしゃれ込んだ格好をした人も「命拾いしたな……我が使い魔の餌にしてくれようと思ったのだが」と喉を鳴らす。
狛枝君は乱れた首元を整えながら、「超高校級の才能を持つみんなの手を煩わせてごめんね。助かったよ」なんて明るく微笑んでいた。どんどん増える人にうろたえていると、彼は私の手首を撫ぜた。
「大丈夫?みょうじさん。怖かったね」
「だ、大丈夫です……。狛枝君も、みなさんも、ありがとうございます」
我に返ってお礼を言う。狛枝君が「ボクは時間稼ぎくらいしかしてないから」と謙遜した。
「でも、本当に助かったから……」
言いながら、何かお礼をした方がいいのだろうかと考える。ここからどうすればいいのか困惑していると、狛枝君が携帯を取り出した。
「良かったらみょうじさん。ボクと友達……はおこがましいかな。知り合いになってくれない?」
突然の申し出に驚き、顔をあげる。他のみんなも目を丸く見開いている。
「ボクはキミの才能に興味があったんだ。これを機に、もし良ければ連絡先を教えてほしいんだ」
こんなにたくさんの人に見られている中で、平然と言ってのける彼は、自分の言動に何の疑問も抱いていないようだった。
「……って、お前がナンパするのかよ!!!!」
ツナギの男の子が大声で叫んだ。
「連絡先ぐらいなら、かまわないですけど……」
「んで成功すんのかよ!!!!」
161026
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