▼ 触れないのはそこにいるから
俺と先生が帰るなり七面鳥の蒸し焼き娘さんが俺に対し謝ってきた
俺のペットだと勘違いしてしまったことを申し訳なく思っているようだった、俺としてはあまり気にしてはいなかったので構わなかった
しかしそれではと七面鳥の蒸し焼き娘さんはお詫びも兼ねて鍋を用意してくださった
なんて気前の良い人なんだと俺は思った
「ジェノスくん育ち盛りだからお肉たくさん食べてください」
「はい!」
「おい、ジェノスその肉は俺のだからな」
「俺から見て右が先生ので、左は俺のです!先生!」
「細けぇよ!」
こんな暖かい食卓…何年ぶりなんだろうか、サイボーグになる以前の俺が過ごしていた日常にこんな風景はあったかもしれないが、俺にはそれが当たり前だと感じて、逆に何も感じなくなっていた
何もかもなくした今は、この空間がいかに大切でかけがえのないものなのかを感じ取ることができる
これもクセーノ博士が俺の五感をしっかり作ってくださったおかげだ
「サイタマさんは白菜食べてください」
「なんでだよ!肉を寄越せよ!」
「お肉は育ち盛りの子が食べるものなんです」
「アイツ、19だぞ!もう育ち盛りじゃねーよ!」
「いえ、俺はまだまだ成長できます先生!」
「しねぇって!」
「何を食べても髪すら成長しないサイタマさんと比べたら希望がつまってるんです、ジェノスくんには!」
「つまってるっつーかポップコーンみたいに弾けちまってるけどな」
「不毛地帯に比べたら、まだ救いようがあります」
「喧嘩うってんのか七面鳥の蒸し焼き娘」
「なるほど、喧嘩するほど仲がいいとはこの事ですね」
「喧嘩じゃねーよ」
「喧嘩ではないですよ」
喧嘩に見えたそれは喧嘩じゃないとお二人がおっしゃる、だとしたらなんだろうと問いかけると二人の返ってくる答えは曖昧なものだったが、要約すると『ねこのじゃれあい』または『甘噛み』のようなものだという結論に至ったが、二人は「それはない」と指摘してきた
俺はよくわからないままでいると七面鳥の蒸し焼き娘さんが助け舟を出してくれた
「これからゆっくりこの感じを一緒にわかっていけばいいです」
「…これから一緒にですか」
「うん、これから一緒にですよ」
一緒に、またこの暖かい場所に自分もいられるのだと言って下さった
ならば、俺はもうこの居場所を壊されないように強くなって守っていこうと胸に誓った
しかし、俺はまだまだ弱い
早く先生の様に…いや、先生を越えなければならない
でないと、また俺を受けれ入れてくれたこの暖かな場所が…
一瞬で…
「今日は特売だったので黒和牛も買っちゃいました!」
「うおおお!すげぇなおまえ!くっそー…特売品…」
「サイタマさん残念でしたねー、所でどこにいってたんです?」
「ん、ああ…修理代貰いに行こうと思ってな…」
「修理代なら電話したら振り込んでくれるって言ってましたよ」
「は!?電話番号とかわかんの!?」
「ダウンダウンページにありました」
「くっそー…そしたら、今日の特売だって間に合って…あー」
「先生!七面鳥の蒸し焼き娘さん!」
起こった過去は消えることはない
でも、せめて今の俺にできるのは
俺が2人を呼んだため
2人は話をやめ、俺に顔を向けて「どうした」と聞いてきてくれた
「また、鍋をやりましょう!」
そう俺が言うと、二人は笑って、またやろうと言ってきてくださった
サイボーグになってから俺ははじめて失った居場所をひとつ取り戻せた気がした
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