「ん…」
目を覚ますと、一人で布団に入っていた。
丁寧に掛け布団をかかってるし濡れてたはずの体は水滴一つ付いてない、微かに痛む頭を擦りながら体を起こせば部屋の隅に丸まっている真選組の制服と枕元に煙管が落ちているのが見えた。徐々に働いてくる頭で昨日の事を思い出す、
「……帰ったのかな」
体に毛布を巻き付けて外を覗けば空は青く澄みわたっておりポツポツと人が歩いていた。もう、朝。
髪に残るこの匂いは、多分高杉さんのものだ。
昨日の言葉は彼に届いたんだろうか。
私は着物を取り出すと着替えて身なりを整える、店を始める前に行かなきゃならない所がある。
普段なら絶対に近寄らない真選組屯所。
昨日貸してもらった制服を返すために門の前で立ち往生していると「めずらしい客だな」と声が聞こえてきた。
振り返れば朝からタバコをふかしている土方さんが、朝の巡察返りだろう。ゆらゆら揺れる紫煙が目に染みる。
「どういう風の吹きまわしだ」
「朝からタバコですか…」
「うるせぇなほっとけ」
「制服、返しに来ただけです」
「奇遇だな、俺もてめぇに着物を返しに来た」
ポイっと投げられる着物を受け取って私も制服を投げる。微かに移ってるタバコの臭い、この人さては人の着物の近くで吸ったな……。
踵を返して帰ろうとすると、土方さんの声が追ってきた。
「…せっかく拾った命、捨てるような真似すんじゃねぇぞ」
警告だったのかもしれないし、ただ心配しただけかもしれない。
最初から憎まなければもっと、違う関係を築いていたかな。なんて今さらすぎる。
あの時一緒に死なせてくれても良かったのに、って言った私を叩いてここまで生かしたあなたを許す事はきっとない。
「死んでもあなたにお礼なんて言いませんから」
「こちとら礼言われるような仕事なんてした事ねぇよ」
そう言って笑った顔は、やっぱり警察とはほど遠いヤクザのような顔だった。
*****
今度、高杉さんに会ったら言いたい事がたくさんある。
届かなくても良いから、あの言葉をなかった事にしても良いから、いつもみたいに何か食べに来てほしい。話を聞いてほしい。近くにいてほしい。
「…………」
欲張りかもしれない。
だけどどうか、また会いに来てほしい。
そう思っていた。
そう願っていたけれど、高杉さんがこの茶屋を訪れる事はなかった。
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