望郷。 | ナノ

I’m home!


旅行から戻ると次の日からすぐに仕事で、ペルは帰ってこない。

あれから何週間経ったのか。日付に無頓着なのは、こちらで培った悪癖だ。
こちらは毎日家でリラックスしている。煩い男はいないので、空調の効いた部屋で下着とシャツ一枚で過ごす。至極快適だ。

いち生物として、本来人の在るべき姿……それはきっと、装いの失せたその先にあるのだろう。そうに違いない。

なお、離れのラボの機材は大体売られて私のおこずかいに進化した。これで、今まで娯楽も嗜まず生きてきた人生を慈しもう。
取り敢えずボディヘルス・トレーニングマシンとやらを買った。向こうで埃被ってる。

ぶにぶにとクッションを潰していれば、ぴこんとアンドロイドが鳴った。……またか。


『新着メッセージ一件。旦那様より。読み上げますか?』

「破棄」

『その指示は禁止されています。メッセージを読み上げます。』


放っておいても勝手に音読してきて煩いので、場所を変えようと立ち上がる。
だがしかし、アンドロイドは執拗に後ろを付いてきた。こんなところまで奴に似るとは……


『DEAR HONEYハニー。FROM PELU。件名。動けよ。本文。せっかく買ったマシン使ってないだろう。先月より体重が三キロも増えてるぞ。丸いおまえも愛してるが健康に悪い。動け。三日後に帰るから服は着ているように。下着一枚じゃ風邪引くぞ。以上。返信しますか?』

「爆死しろ」

『返信しました。』


気色の悪い文書を聞かされ、肌は粟立ち強張っている。なんとたちの悪い。
腕を摩りながら、空調の下へと移動した。


「……またあいつ……なんで私の体重を……ん…?した…ぎ…?」


私はかつての腕力を取り戻し、奴を絞め殺すべく、マシンへ向かった。

……だが、かの宮殿に於いて非人間と恐れられた我が精神力は……数多の生が連なりの果て、すっかりすり減ってしまったらしい。
この揚げ菓子は美味い。スパイスの味が大変懐かしい。





◆◆◆◆





この前、アンドロイドに整体アプリをダウンロードした。

肩凝りが慢性的だったのでこれは素晴らしい。何処かの男に言えば、運動不足だとなじられるのだろうが。
最近はアンドロイドにマッサージをしてもらいながら午睡するのが日課だ。大変素晴らしい。まるで王族にでもなったかのようだ。……いや、冗談。流石に不敬だ。

本日もまた、金属製の整体師に按摩あんまをしてもらいつつ昼寝だ。
だがこのアプリ、痩身コースも含まれるらしく、銀色の元助手現家政婦は腹を執拗に揉んでくる。
正直むかつくが、これで痩せればあの馬鹿を見返してやれるだろうか。なんという他力本願。

……ああ、私はつくづく自堕落になってしまった。今日も生きる。





◆◆◆◆





眠っていると、アンドロイドが腹を揉む。

気持ちが良いことは気持ち良いのだが、やはり肋骨の付近は急所ゆえ、触れられるとぞっとする。元武人(成分0.1%)の性だろうか。
……自分で言ってて悲しくなってきた。しょうがない、目的もなく鍛錬なんてやってられるか。ずぼらの内こそ幸あり。

肋骨付近のマッサージに、それでも堪えて眠っていると……アンドロイドは妙な場所を触り出した。
二の腕。内腿。胸。なにやってんだこいつと思って目を開ける。


「……あ、おはよう」


鷹揚に緩めた襟元。にこりと、微笑む白皙。


「さらばだ」


三日ほど練習した絞め技を披露した。





◆◆◆◆





「油断した隙に人の家へ入って来やがったか。手癖の悪い」

「……ここ、おれの家でもあった筈なんだけどなあ…」


首に湿布を貼ったペルがにこにこする。
……最近ちょっとこいつ怖い。遠い昔はこんな暴力沙汰になったら、泣くか怒るか卒倒したのに。
歳を食い過ぎたのか。老人用カウンセリングとか要ると思う。


「三日後に帰るって言っただろう?」

「知らんな」

「花束買って帰ったら出迎えはなし。奥で爆睡する嫁。……まあ…眺めは良かったが……」

「記憶消せ」


データ削除は頭でも殴れば良いのだろうか。これ以上ボケられても困るんだが。





◆◆◆◆





「おかえりくらい言ってくれよ……」

「かえれ」

「ちがう」


短ズボンを履いて戻れば、今度は執拗にべたべたとくっ付いてくる。この鬱陶しさだけは、遠い昔から微塵も変わらない。
変に気取られたり、飄々と得体の知れないことを言われるよりはずっとましだが。物凄く邪魔臭い。

振り払おうと立ち上がれば、途端に腰を掴まれ膝の上。
……筋肉量は激減したとは言え、骨の太さと体躯の面積は殆ど変わらないから……相当重い筈なのだが。本人はにこにこしているので平気なのだろう。変態の考えることは分からない。


「なあ、おかえりは…?」

「けっ」


反吐でも吐いてやりたい心地で、人の腹を撫で回したり摘まんだりする手をねじり上げた。
向こうは目に涙を溜めつつ、だがしたりとばかりににやつく。ついに感情の回路がいかれたのだろうか。


「……そうだ、忘れていた。………お菓子があるぞ?」


嘲りに満ちたこの思考。しかしそれは、男の取り出す白箱を認めた刹那……停止する。

ぴしりと固まるこちらの体を、奴は全身でぎゅうぎゅうと締め付けてきた。鯖折りでもするつもりか。
……手を伸ばすも、箱を遠ざけられる。そこからは、甘いかおり。対して、相手は人の首筋に顔を埋めて満足そうだ。

ああ……でも……もう、どうでもいい。
ばっと振り向いた先、白皙がにっこりと笑った。


「おかえりペル!!」

「もう一声」

「だいすきだ!」

「おれも!愛してるぞ!!!」


ケーキは大変美味かった。


*おしあわせに*



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