望郷。 | ナノ

travelogs! −2−


全身が弾けそうに、痛む。


「……ペル…わたし…」


涙で、視界が滲む。
はくはくと、吐く息は浅い。


「……今まで、すなおに…なれなくて……ごめん……おまえと、いっしょに、いられて……よかっ…た……」


痛覚の限界。
脳が弛緩し、全ては暗転する。ブラックアウト。


「…………落ち着け。ただの筋肉痛だからな。あと温泉でのぼせただけだ」





◆◆◆◆





「………え…」


何が、起こったのだろうか。


「……ど…して……」


今、己の、目の前にいるのは……

……少しだけ唇を上げて、笑っていた。以前より、ちょっと薄い顔付きになった気がする。

それでも、それでも確かに…!
この世界に、存在している。


「……チャカ!チャカ!!ここだ!!わたしだ!!……チャカ!返事をしてくれ!!」

「…………落ち着け、それは土産物のこけしだ。おまえ酒飲み過ぎだぞ」





◆◆◆◆





布団の上をごろごろと転がる。ぱりっと糊の利いた感触は、旅先ならではのものらしい。

当初は、野宿をする訳でもないのに何故地面に寝なければならないのか、野蛮極まりないなどと憤慨したものだが……何だかんだですぐ気に入った。
草の良い香り。青い茎編みを敷き並べた床が、いっそうこの寝具を素晴らしいものにしている。


「……帰りたくない。なんなんだよ。なんで帰るんだよ………」


その、素晴らしい寝具の上で仰向けになって、ぶつぶつとごねている。

心根を見透かしたように、早くも支度を終えた男が口を開いた。


「ホテルは良いが、こんな田舎じゃきっと電波の接続がな……それでもおまえが住みたいと言うのなら………」

「都会最高!帰ろうアンドロイドの待つ我が家へ!」

「……ちょろいな」

「なんか言ったか?」

「んん、空挺車の電源入れてくる」





◆◆◆◆





途切れることなく、景色はどんどんと後ろへ流れてゆく。

ああ、さらば北の大地よ。素晴らしい土地だった。
食事は目も心も潤わせ、酒は澄み渡って旨く、温泉の泉質は豊富、宿舎も趣があった。
あとなんか山とか、うん、まあ良かったかな。


「なあ、」

「なんだペル」


助手席で追憶に浸る横、隣の男が口を開く。


「あのアンドロイド、名前を付けてやらないのか?」

「……え、必要あるか?」


唐突な問いに、目をぱちくりとさせる。


「……いや、あれにはいつも世話になっているから。色々と教えてくれるし…」

「今度は何のアクセサリをダウンロードしたんだ……」

「ふふ、秘密」


げんなりと聞けば、相手は機嫌良く黙秘した。





◆◆◆◆





「……だからさ、名前」

「……えっなんだ?まだその流れ続いてたのか?」


先ほどの会話から、既に十数分が経った頃。
相手はまた、同じことを蒸し返す。


「なんだよ……黙ってると思ったら……考えてた訳じゃないのか……」

「別に良いじゃないか、あいつはアンドロイドで」

「……うーん…」


運転は殆ど自動だから暇なのは分かるが、それにしたってつまらなすぎる暇潰しのセンスだ。





◆◆◆◆





「ねむい…」

「……アンドロイド…」

「あ、あの山。山頂見える」

「…………アンドウ・ロイド………」

「………」

「………」

「………」

「すいませんでした」





◆◆◆◆





「…………」

「黙殺はつらいのでなにかいってください」

「……ペル、おまえさ…」

「……はい」

「……毎回見てくれはリセットされてるけどさ」

「……はい」

「………中身、確実に老化してるよな……」

「やめろ気にしてる」


頭を掻き毟るくらい悩んでいるなら、黙っていればいいのに。
今度の誕生日には、ボケ防止の本でもプレゼントしてやろうと思った。


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