何処までも続く深緑。大地と空の、濃淡を経て混ざり合う、浅葱色。
……北方の色とは、こうも胸に迫るものか。吸った空気は、僅かに薄くも澄んでいる。
傍の男もまた、同じ心地なのだろう。
静かな面持ちで、こちらを見遣り。そっと口を開く。
「……折角だから、やっほーって言ってみろって」
「……いや、いいよ…おまえが言ってみろよ」
「……いや、おれはちょっと…年上だし……ここはおまえが、な?」
「一つしか違わないじゃないか!せっかく来たのに勿体無い!なんか叫べよ!」
ぴるるる。
何処かで鳥が鳴く。世界は平和だ。
「恥ずかしいだろ!」
「そんなの人に押し付けるな!」
『……かしいだろ!』
『……つけるな!』
「…あ……」
「これがやまびこ……」
◆◆◆◆
残雪残る山頂を見上げながら、高原でピクニック。なかなか洒落ている。
「……筈だったんだけどなあ………」
白皙が、上空を見上げて呟く。
「……なんか、砂漠で炊飯する時と似てるな」
こちらも、弁当を隠しつつ応じた。
「ああ…コンドルか鳶かの違いで……」
三十メートルほど前方、目の前で登山客の昼食が掻っ攫われる。
「…品のない鳥共だ……」
「おまえも似たようなもんだろ」
「鳶如きと一緒にしないでくれ」
隼には、謎のプライドがあるらしい。
◆◆◆◆
「……はあ…はあ……畜生…なん…だ……これは…」
胸が、苦しい。心臓が破裂しそうだ。
足はふらつき、喉は空気を求めて喘ぐ。
「…く…そ……こん…な……」
視界を覆う、闇。体は均衡を崩す。
硬い地面に、倒れこみ……そうになったのを、ペルが支えてくれた。
「……な…んで…」
「運動不足じゃないのか?」
山頂まであと六十メートル。
◆◆◆◆
遥かなる高みより見下ろす景色は素晴らしい。最高の眺めだ。
「ばか…な……極地耐久走上位十位圏内の……この…わたしが……誉れある身辺近衛に抜擢された……このわたしが……何故!!!」
だが、その情景を以ってなお……己の荒んだ胸は癒せない。
「だっておまえ……ここ何年もラボにいるか、ごろごろするかで引きこもってばっかりだったじゃないか」
荒い息を吐いて、岩の上に座り込む。面持ちは険しいまま。
だが肩をぽんぽんと叩いてくる相手は、同情の色すら見せない。
「わたしの誇り高き肉体は!何処へ!!」
「皮下脂肪に負けてるなあ……」
「腹揉むな!」
「……胸がその分育ったからまあ…」
「死ね!!明日から三十キロ走るぞ!」
己の筋肉は分解され、奴の脳は廃退してしまったらしい。由々しき事態である。
失われたものを、取り戻すべく決意を固め。手始めに、人の腹部を撫でまわす狼藉者を蹴り飛ばした。
◆◆◆◆
とは言え、帰りは面倒臭いので、飛行リフトで下山した。
……なんという快適さ!圧倒的利便性!!
「残雪は素晴らしかったがやはり登山なんて生身の移動は前時代的なんだよ、野蛮だ」
「……おまえ、前まで砂漠は駱駝か徒歩で踏破すべきで、空挺キャンピングカーで移動するような奴らは腑抜けてるとか言ってなかったか…?」
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