ひみつの銀河を解く



 EXHIBITION MATCH U-20 JAPAN VS. BLUE LOCK ELEVEN が終了し、シャワーを浴びようと風呂場へ向かっているときだった。ほかの浮かれたメンバーと会話をしつつも、御影玲王の頭には今回の試合についてのフィードバックが繰り広げられていた。糸師冴を含めたU-20チームの動きと、そして青い監獄ブルーロックチームの動き。それらひとつひとつを頭のなかにリストアップしていくように並べ、上から順に再現可能なものとそうでないものに分け、そこから今後自分がすべきことを組み立てる。詳しいことは今夜にでもまとめるつもりだが、ひとまず頭の整理をすべきだと思ったからだ。
 隣を歩く凪は、相変わらずこの世で一番疲労していると言わんばかりの顔で歩いている。けれども勝利した興奮からか、いつもよりも足取りは軽そうに見えた。それは凪に限らずほかのメンバーもそうで、もちろん御影も、頭のなかで色々考えつつも未だ興奮は冷めやらぬまま高揚していた。背後では我牙丸と乙夜が打ち上げだと騒いでいる。

「え? ショキ?」

 なので突然凪が言ったその言葉に、御影は最初音としての把握はできたが意味をよく理解できなかった。あの不思議なイントネーションの「ショキ」には聞き覚えがある。けれどもそれはここに来てからはほとんどなく(何度か凪と話題にしていたのでゼロではない)、またこんなタイミングで出てくる言葉でもなかったので反応が遅れたのだ。
 御影は凪の視線を追うように前を向いた。するとそこには彼の言う通り確かにショキことみょうじなまえがいて、彼女はきょろきょろと迷子のように辺りを見渡しながら前を歩いていた。

「え、まじだ。みょうじじゃん」

 凪と自分の声が聞こえたのか、みょうじはくるりと振り返って目を見開いた。いや、それは俺らの反応なんだけどな、と御影は内心思いつつ、彼女のもとへ駆け寄る。凪もあとを追うようにのそのそとやってきて、「なんでここにいんの?」と不思議そうに首を傾けた。

「あ、えっと……実は知り合いに頼んで今回の試合を見せてもらったの」

 みょうじはどこか落ち着きのない様子でそう言った。いつも穏やかで、落ち着いていている彼女にしては珍しい。冷静に彼女の様子を窺う自分とは別に、凪は素直に驚いたような声を上げた。

「え? ショキ見てたの? 俺のゴールも?」
「うん、見てたよ。最初から最後まで。二人とも本当にすごかった。本当にお疲れ様」

 すると後ろからやってきたほかのメンバーが、「なに? 彼女?」だとか「嘘! どっちの!?」だとか「ヤバ待って超可愛い」などと騒ぎ始める。ちなみに上から千切、蜂楽、乙夜だ。おいちょっと待て乙夜、連絡先を聞こうとするな。

「ちげーよ。高校の同級生」
「そんで俺のお世話係」

 すかさず二子が「いやお世話係ってなんですか?」と突っ込む。するとそうこうしているうちにあとから潔もやって来て、「え? なにこれどういう状況?」と首を傾げた。

「俺らの友達。ちょっと話すから先行っててくれ」

 その言葉にぞろぞろと周りは自分たちの横を抜けていく。そのとき、みょうじは少し気まずそうに小さく会釈を繰り返していた。やはりいつもと少し雰囲気が違うような気がする。どこか心ここに在らずというか、そわそわとしている感じだ。けれどもそれは自分たちが試合に勝利したから、というわけではなさそうだった。これは御影の勘ではなく、実際にそうだとしたら彼女はここでその感情を自分たちに見せるだろう、という過去の経験から推測できるものだった。
 最後に潔が隣を通り過ぎる。するとその直後、あっとみょうじが声を上げた。思わずその場に残っていた御影、凪、潔の全員が彼女を見やる。けれども声を上げた張本人である彼女の視線は、潔のその先、ロッカールームのほうへと向いていた。

「凛くん」

 は? という言葉を発したのは、御影たちだけではなく凛もそうだった。少し離れたその先で、いつもの鋭い目をこれでもかというくらいまあるく見開いてみょうじを見つめている。御影はもちろん、全員がこの状況をよくわかっていなかっただろう。

「なんでここに」

 凛がそう言ったのは、決して御影の聞き間違いではなかったと思う。するとみょうじは凛のほうへと駆け出して、あろうことかそのまま飛びつく勢いで抱きついた。再び重なる「は?」という音。凪に至っては処理が面倒になったのか、ぼんやりとしたまなざしで二人を見つめている。
 御影もしばらく固まったが、すぐさまハッとする。点と点が繋がったのだ。みょうじの言う幼馴染とは、糸師凛のことなのではないかということに。そして凛が幼馴染なら、兄である冴もそうなのではないかとも。彼女は以前幼馴染の話をしたときに、どっちも、と言っていた。きっと、この二人のことなのだ。それならばサッカーも詳しいはずで、幼馴染を強いと断言するに決まっている。御影の頭のなかに、驚きと衝撃と混乱がとぽんと落ちてきたようだった。
 これだけの情報量であれど、実際の思考時間はほんの数秒のことだった。その間、凛は驚いたように固まったままで、彼の真下にいるみょうじをじっと見つめている。凛だけにかかわらず、青い監獄ブルーロックメンバーが女子と関わっているところなど凪以外では見たことがなかったので(と言っても彼もみょうじくらいとしか関わらないのだが)少々新鮮に思えた。

「おいなまえ、離れろ」
「あ、ごめん。つい」
(……おいおい女子にもその態度かよ)
「汗つくだろ」
(ああうんそっちね)

 びり、と引き剥がすように凛がみょうじと距離を取ったので御影は一瞬、まじかよ、と少し引いたが、そのあとに続いた言葉で、アイツもああいう優しさ持ってんだな、と感心した。意外過ぎて潔など零れ落ちてしまいそうなくらい目を見開いている。やめろ潔、凛がすげー目で見てるから。
 なんだか置いてけぼりにされた気持ちで二人のやりとりを見守る。凛と話すみょうじは、やはり自分たちに見せる姿とは少し違って見えた。年相応というか、いつもより少し幼い感じだ。感情豊かで(これは自分たちにもそうだが)、無邪気な雰囲気。しかしそれは凛もそうで、むしろこちらに関しては一体お前は誰だ? と問いたくなるようなときが度々あった。ツン要素が多い弟、と言えば伝わりやすいだろうか。相変わらず口は悪いが、普段自分たちに向けているものよりも明らかに優しかったし、彼女に褒められると憎まれ口を叩きつつもむず痒そうな表情に変わる。
 するとしばらく二人のやりとりが続いたところで、「つうか」と、凛が一拍置いてからこちらを見やった。その視線は自分たちの知るあの鋭いまなざしで、不機嫌さ全開だ。

「さっさと行けよ」
「いやこっちもショキと話したかったし」
「あ?」

 間髪入れずに答えたのは凪だ。すると凛はわかりやすく表情を歪め、凪を睨みつける。

「あ、そうそう凛くん、あの二人わたしの友達なの」
「は?」
「白宝でサッカーすごい子がいるって話、前にしたでしょう? その子たちだよ」

 ぎろり。そう言葉で表すのが適切な視線が再びこちらへ向く。もはや殺意すら感じるくらいだ。一体みょうじはなにを言ったんだと少し疑いたくなったが、特別変な話はしていないだろう。単純に凛の敵対心と独占欲が強いだけだ。めんどくさすぎる。凪の言葉ではなく、御影の心情である。

「やっぱり幼馴染って凛のことだよな?」
「御影くん、気づいてたの?」
「気づいたのはさっき。前に話した内容とドンピシャで合ったから」
「うん。そう、凛くんがわたしの幼馴染」

 妙な空気が流れたような気がしたが、あまりにも一瞬のことだったので御影には判断しかねた。
 みょうじの後ろに立つ凛が一歩彼女のほうへ近寄る。そんな警戒しなくても、ただの友達だっつうのに。

「凪、行こうぜ」
「……いいの?」
「別にこれが最後ってわけじゃねぇし、次会ったときでいいよ。腹も減ったし。みょうじ、ありがとな。また連絡できるときにこっちからするよ」
「あ、うん! 本当に、お疲れ様! 凪くんも!」
「うん。ありがと」
「潔も行こうぜ」
「お、おう」

 くるりと踵を返すと、凪も潔も遅れて御影のあとに続いた。正直なところ、一度頭のなかを整理したかったのだ。みょうじや凛たちのことだけではなく、今日は色々なことがあったから。それに、さっさとシャワーも浴びたかったのも本音だ。凪は少し不満そうにしていたけれど。

「なんてゆーか、世間って意外と狭いね」

 背後にいる凪がぽつりと呟いた。

「俺も、今おんなじこと思ってたわ」

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