どんな色のリボンをかけたら



 みょうじなまえという生徒について、御影玲王は凪経由で彼女と話すよりも先にその存在を知っていた。というよりも同じ学年の生徒ならば、彼女のことを知っている人間は多いのではないかと思う。テストの点数は常に十位以内、スポーツも平均点以上、そして生徒会書記。バランスの取れた成績優秀な生徒だ。その上容姿もそれなりに整っているため、好意を寄せている男子も多いという。一部では近寄り難いイメージを持たれているらしいが、あくまでもいい意味で、だ。実際御影も彼女に対して、どこかのお嬢様なのかな、と思う程度には様々な面で優秀だと思っていたし、好意を寄せている男子生徒が多いという噂にも頷けた。
 なので、凪と関わるようになってから彼女の名前を聞いたときは少し驚いたのだ。こんな面倒くさがりな相棒と、周りから一目置かれている彼女が結びつくとは思えなかったからだ。しかし話を聞いてみれば、どうやら生徒会という名目から世話焼き担当を任されたという。いや、そこは生徒会関係ないだろ、と当時話を聞いた御影はそう思ったが、当の本人は文句も言わず凪の面倒を見ているというので言うのはやめておいた。ああいうなんでも卒なくできるタイプは比較的性格のきつい印象(なんでもできるがゆえにプライドが高かったりする)があったが、意外とそうでもないのか、それとも自己主張できない性格なのかと逆に心配をしたほどだ。凪の面倒くさがり具合は軍を抜いている。自分の心の広さにはある程度自信を持っているが、それでも彼の性格には呆れるときもある。そのときから、御影はなんとなくみょうじのことが気になっていた。
 そして初めて彼女と会話をしたとき、御影はどこか拍子抜けして、同時にある意味感心した。どこかのお嬢様かと思いきや、彼女は一般家庭の出身だった。性格は物腰やわらかく、話せば明るく、気さくで優しい。御影はサッカーに関わらず、様々な分野でトップや才能のあるものに興味を持っていたので、そのことを知ったときは少しだけ残念な気持ちもあったが、その人柄の良さには惹かれた。いい意味で隙のある人間だと思ったのだ。

「御影くん、この間のマネージャーの件なんだけどやっぱり難しそうで……ごめんね」

 放課後、他クラスである自分の元までやってきたみょうじは、申し訳なさそうにそう言った。困ったように眉を下げて、小さく頭を下げる。事情を知った上でもどこか一線を感じる、気軽に友達と言えない雰囲気があるのは、彼女の淑やかさからくるものなんだろうか。御影は自分の胸の辺りに見える旋毛を眺めてから、ひらひらと手を振った。

「ああ、全然いいって。逆に無理言ってごめんな」
「ううん、わざわざ声をかけてくれて嬉しかった。マネージャーなんて、考えたこともなかったから」
「そういやこの間凪が言ってたけど、その幼馴染もサッカーやってんだろ? 今までそういう話とかなかったわけ?」
「あ、うん……どっちもクラブチームだったから」

 どうやら幼馴染は二人いるらしい。そしてみょうじにとって仲のいい、いいやそれ以上だろうか、とにかく自分たちやこの学校の友人たちとはまた別枠の存在なのだということもわかった。微笑んだ表情が見たこともないものだったからだ。多分、男だろう。こういうときの自分の勘は大抵当たる。人よりもそういう嗅覚が鋭いのだ。
 残念だったな、クラスの男たち。御影は内心そう思った。

「もちろん今もやってんだよな?」
「うん。やってるよ。多分これから先もずっと続けると思う。昔からサッカーのことばっかりだから」
「へえ……強いの?」
「うん、強いよ」

 少しだけ驚いた。みょうじと知り合ってからまだ短い付き合いではあるが、ここまでしっかりと断言するとは思わなかったからだ。となれば、いずれその幼馴染くんとやらと対峙する日も来るかもしれない。まあそもそも彼女の幼馴染とやらが本当に男なのかも、同年代なのかも知らないが。

「まあまた暇だったらこの間みたいに見に来いよ。凪、凄かっただろ?」
「うん! 凪くん、いつも動きたくないとか運動したくないって言ってるからちょっと不安だったんだけど、全然そんなの杞憂だったよ。それに御影くんもすごかった! パスもドリブルも、何人もの人を抜いてて」
「お、さんきゅ。まあまずはこのまま全国出場だな」

 しかし確かに惜しいな、とも思う。白宝高校は進学校なので、部活動、特にスポーツへの意識がそれほど強いわけではないのだ。故に初めはサッカー部のレベルだって低すぎたし、当然マネージャーをわざわざ志願する人などもいない。そもそもしっかりとルールを把握している人間だってあまり多くはないだろう。そのなかで彼女はサッカーに触れてきた時間が多い分、ルールだってそれなりに理解しているし、なにが得意でなにが不得意なのか、なんとなくでも気づくことができる。そんな人材、この高校にはそうそういない。

「応援してるね」
「おう。試合の日程わかったら教えるよ」
「うん、ありがとう。じゃあまた。凪くんのこと、ちゃんと回収に来てね」
「すぐに行くって凪に言っておいて」

 ひらひらと手を振る彼女に手を振り返す。そうして姿が見えなくなった瞬間、何人かのクラスメイトの目が自分に向いたのがわかった。──わかりやす過ぎだろ。御影は内心呆れながらも、まあ悪い気はしないなと思いつつ教科書やノートをエナメルバッグに詰めた。そうして、彼女の言うそのサッカーが強い幼馴染について少しだけ興味が湧いた。
 凪のプレーは自分が惚れ込むほど天才的だ。そして彼女が先日見た試合でも、それは十分発揮されていた。現に試合は勝利したし、彼女も盛り上がっていたと思う。
 けれどもその上でみょうじは「強い」と断言したのだ。たとえ幼馴染という贔屓目があったとしても、それなりに強いのだろう。世界へ挑戦する御影にとって、興味が湧くのは必然的だった。もっと強い奴と戦ってみたい。駆り立てるのは恐怖よりも、ぞくぞくとした激しい闘争心だった。

- ナノ -