17:00


 わたしは今、場違いなほど煌びやかなホテルのラウンジにいます。

 あのあと気持ちよく三人に見送られたわたしは、駅周辺を散策したのち、ベルさんに連れられて大きなホテルにやってきた。並盛駅から電車を乗った少し先にある主要駅から徒歩数分の、この辺に住んでいる者なら誰でも知っている有名なホテル。わたしも何度か彼に連れられたことのある(当時は拉致されたと言うべきだろう)場所だ。
 今回もここに泊まっているのだろうか? とあとに続いていると、ベルさんは宿泊者用のエレベーターを横切って奥のラウンジに足を向けた。ホテル自体に足を踏み入れたことはあるが、ラウンジに行くのは初めてだったので、わたしは少し驚いて遅れを取らぬように小走りした。そうしてベルさんがウェイターと何度かやり取りをすると、奥のひときわ豪華なソファの席に案内された。大きな窓から太陽の光が差し込んだ、気持ちのいい席だった。
 またどうしてこんなところに。そう思っていると、「お前がケーキ食いたいっつったからだろ」と彼は言った。どうやら京子ちゃんたちと分かれたあとに呟いた独り言を聞いていたらしい。そうしてわたしたちはケーキをひとつとコーヒーをふたつ注文して、珍しくゆっくりと最近あった出来事を話した。普段はなにか面倒なことに巻き込まれたり、慌ただしく過ごしていることが多いので、本当に珍しいことだった。

「じゃあ任務で日本に来てたんですね。みんな一緒ですか?」
「まあね」

 ソファに深く座って足を組んだベルさんが頷く。よくよく聞いてみれば、昨晩色々あって並高付近でツナたちと合流してしまい、そのまま乱闘、という流れになったらしい。お陰で並高は半壊。朝方ホテルに戻って昼過ぎまで寝たそうだ。どうしてツナが雲雀さんのところに向かったのか、その理由をようやく理解する。そりゃあ怒るよね、雲雀さん……。そしてクロームちゃんもお疲れ様だ……。
 コーヒーを飲む隙間に彼を盗み見る。さっきからずっとこんな調子だ。髪型のせいか服装のせいか、前回会ったときよりもずっと大人に見えて長い間直視できないからだ。以前までのさらさらでまあるい髪型だと男の子って感じがまだ残っていたけれど、今は男の人、って感じがする。私服のお陰ですらっとした長い足や、スタイルの良さが際立っているせいもあるのだろうか。
 普段の隊服姿だとあんまり体のラインが見えないけれど、ベルさんは結構線が細い。なのに軽々とわたしを肩に担いで家と家を飛び渡ったりするのだから本当に不思議だ。どういう体の作りをしているのだろう。どうして? って聞いても「王子だから」としか返ってこないし。これに関しては王子関係ないと思うけれど。

「それ、美味い?」

 ベルさんが指を差したのは、わたしの目の前に置かれたモンブランだった。もう半分ほど食べて歪な形になっているが、初めは綺麗な渦を巻いていて、その真ん中には大きな渋皮煮が乗せられていた。

「すっごい美味しいです!」

 注文が入ってから仕上げるらしいそれは、下にパイ生地が使用されていて、サクサクとしてとても美味しかった。切り分けるようにフォークを入れると、最後にパリ、という心地よい音が鳴る。

「王子にも一口頂戴」
「はい、もちろんです! どうぞ」

 ベルさんが身を乗り出したので、わたしはモンブランが乗った皿を彼の方に差し出した。しかし彼はそれを華麗に無視すると、わたしの手首を掴んでそのままモンブランが刺さったフォークを自らの方へ向けた。あっと思う瞬間に彼の口が開かれて、モンブランが消えていく。ぱくぱくとくちびるを開閉するわたしを他所に、ベルさんは満足そうに口角を上げた。

「な、な……」

 ベルさんに掴まれた手首から熱が伝染して、ぼっと顔から火が出そうだった。対してベルさんはなんてことないように「確かに美味い」と言って、コーヒーに手を伸ばしている。

「顔真っ赤じゃん。うける」
「い、言ってくださいよ……」
「言ったって結局そうなるだろ」

 その通り過ぎてなにも言えない。こういうことをさらっとやってくるから心臓に悪いのだ。しかも会う度にその頻度が増えている気がする。これも大人になっていくなかで生まれる余裕なんだろうか。わたしはこれっぽっちも慣れないというのに。なんだか狡い。

「あら、こんなところに」

 少し遠くの方からそんなような声が聞こえた。するとベルさんはあからさまに顔を顰めて、「ウゲ」と変な声を上げた。彼がこんなふうな態度を取るなんて相手はあの人たちしかいないだろう。振り返れば案の定ヴァリアーの人たちがいて、(確かルッスーリアさんとスクアーロさんだ)わたしたちを見つけるとこちらに近寄ってきた。と言ってもこちらに来たのはルッスーリアさんだけで、スクアーロさんは後ろの方でベルさんと同じような顔をしている。

「どこ行っちゃったのかと思ったらここにいたのね」
「あ、どうも……お久しぶりです……?」
「こんにちは。久しぶりね。前に会ったのは……確かベルちゃんが無理やりここに連れて来た時ね」
「確かそうだったと思います」

 来んなよ。と冷たくあしらったベルさんは、まるで母親に見られて鬱陶しそうにする子供のような態度だった。先ほどまで感じていた、どこか大人びた雰囲気が少し崩れたような気がした。しかしルッスーリアさんはそんな態度にも慣れているのか、特に気にする様子もなく続ける。

「夜はどうするの?」
「やることは終わっただろ」
「そうじゃなくて、この子も一緒に来るのかって話よ」

 一体なんの話だろうか。するとルッスーリアさんはベルさんからわたしに視線を移すと、「上の階のレストランで晩御飯食べる?」と聞いてきた。会話の内容が本当にお母さんみたいだと思ったが、流石に失礼過ぎると思ったので口には出さなかった。

「え、っと……」

 実を言えばヴァリアーの人たちと一緒に食事をすることはこれが初めてではない。二回ほどだが、数年前拉致されたときにこのホテルのレストランに行ったことがあるのだ。こんなに怖くて殺伐している集団なのに、食事は一緒に取るなんて案外仲がいいのだろうか、と今でも結構印象的に残っている出来事だった。
 ちらりとベルさんを見やる。彼は少々不機嫌そうな表情を浮かべてはいるものの、否定はしなかった。判断は任せる、ということだろうか。しかしそれならば。

「あ、そうしたら、」







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