21:00
結局、ホテルでヴァリアーの人たちと一緒に食事はしなかった。こんなことを言うとからかわれそうなので言えないけれど、折角久しぶりに会えたからもう少し二人っきりでいたかったのだ。代わりにホテルの近くにあるお寿司屋さんに行った。竹寿司さん以外のお店で回らないお寿司を食べたのは初めてだったので少し緊張した。味はもちろん大変美味しく、思わず頬っぺたが落ちそうになったくらいだ。
「ベルさん今日はありがとうございました」
突然始まったデートだったけれど、充実した楽しい時間だった。寝落ちて後悔をしているところだったから、その喜びもひとしおである。あとでクロームちゃんたちにもお礼のメッセージを送ろう。途中で抜けることになってしまったし……。
この時間になると住宅街はひっそりとした静けさに包まれる。駅前よりも街灯が少ないため、星空もよく見えた。
もうあと10分ほどで自宅が見える短い距離を、わたしはなるべくゆっくりと歩いた。出来るだけベルさんと一緒にいたかったからだ。そして彼もまたわたしの意図に気が付いたのか、普段よりも歩調を緩めて隣を歩いてくれた。コツ、と互いの靴音が穏やかなペースで響く。
ああやだな、自宅が見えてきた。するとベルさんの手がわたしの手に触れて、きゅっと指先を絡め取った。普段手なんて繋がないくせに、最後にこういうことをしてくるのだ。
本当に狡い。楽しかったはずなのに、こんなふうに急に優しくされたら、途端に分かれるのが惜しくて寂しくなってくる。
「あの、ベルさん」
次はいつ会えますか、なんて、普段は恥ずかしくてあまり聞けない。けれども今朝あんなにも後悔したから、今日は聞いておかなきゃと思った。
「次はいつ、会えますかね」
ちょうど自宅前にたどり着いたとき、ようやく勇気を出して聞いてみた。コツ、と靴音が最後に鳴ると、夜道はしんと静まり返る。
「いつ言おうかなーって思ってたんだけどさ」
「は……はい……」
「明日もいんだけど」
「……へ?」
あまりの落差に心臓が止まるかと思った。なにって感情の落差だ。一体なにを言われるのかと思って身構えたところで、体中の力が一気に抜けていく。きっとこれ以上ないほど呆けた顔をしているだろう。ベルさんはそんなわたしを見て、面白そうに笑った。
「どうせそれも聞いてねぇと思ったよ」
「え? うそ、いつ、いつ言ってました?」
「昨日の夜」
「あー……」
自分が悪いです。本当にごめんなさい。素直にそう言って謝ると、ベルさんは呆れたようにため息をついた。
「ま、いいけど。あからさまに落ち込んでるお前、見てて面白かったし」
「い、言ってくださいよ……」
「聞いてないお前が悪いんじゃん」
「……はい、本当にその通りです」
やっぱり寝落ちしたことちょっと怒ってるのかもしれない。俯きながらもう一度謝る。するとベルさんはわたしの手をぐっと引き上げた。
「なまえ」
顔を上げてすぐに見えたのは、月明かりを反射するきらきらとした金髪だ。そうして驚いて息をのんだ瞬間、そのウェーブがかった金髪が顔に触れ、くちびるが重なった。思わず肩が震えると、支えるようにベルさんの手が背中に回る。わたしは胸が苦しくなって、彼の服を少しだけ掴んだ。
「つーわけで、明日はちゃんと色々考えとけよ」
くちびるが離れた瞬間、ベルさんはそう言った。わたしはちょっと泣きそうになっていたので、黙ってこくこくと頷くだけで精一杯だった。
「泣くポイントが全然わかんねーんだけど」
「まだ泣いてない、です」
「ほとんど変わんなくね?」
ばかにされそうだったので、わたしはつんと顔を背けた。ベルさんにはわかんないかもしれないけれど、こっちには色々あるのだ。2日連続で会える喜びとか、キスをしたときの緊張とか、好きすぎてずっとときめいてることとか、色々。
けれどもこのまま分かれるのも嫌だったので、わたしは思い切ってぎゅっと抱きついてから逃げるようにして自宅の方へ足を向けた。線は細いけれど筋肉がしっかりとあって抱き心地は固く、一切よろめくこともなかった。けれども数歩進んだところで、ぐい、と手を引かれる。
「勝手に話終わらしてんじゃねーよ」
そうしてわたしはすぐにベルさんの腕のなかへと舞い戻ってしまった。不貞腐れたわたしを他所に、ベルさんはちょっとだけ流れた涙を雑に拭う。そこは優しくしてくれてもいいんじゃないの?
「そういえばどうだった?」
一体なんの話しだと首を傾げると、「髪とか。結構気に入ったっしょ? あんだけ見てたし」とベルさんは言った。やっぱりバレていたらしい。
「……うん」
小さく頷くと、ベルさん「うしし」と笑った。そうしてもう一度、今度は額にキスを落として、ぐしゃぐしゃとわたしの前髪を混ぜるように撫でた。明日はそんな気も起こさせないくらい、髪も丁寧にセットしてやろうと思った。
そうして翌日もしっかりとかっこいい姿でやって来たベルさんに、今度は優しくぽん、と頭を撫でられ、またもや顔から火が出そうになったのはまた別の話だ。