2018年 2月


「みょうじさんにもそういう、なにがあっても一緒にいたいって思える人がいるんですね」

 何気なく言った乙骨憂太の言葉に対して、なまえは不意をつかれたように固まって隣に並ぶ黒い制服姿の男を見た。

「あっ、すみません……失礼なことを言いました」
「ううん。少し驚いただけ……どうしてそう思ったの?」
「さっき僕や里香ちゃんの話をしていたとき、みょうじさんすっごく優しい顔をしながら誰かのことを思い浮かべているように見えたので」

 十日ほど前に大雪が降り、辺り一面銀世界だった高専内も、その後連日続いた晴れ空によって少しずつ解けていた。人がよく通る道はすでに石畳の地面が見え始め、山際に積もった雪も表面がつやつやと滑らかになって太陽の光を反射している。暦の上では早くも明日から春が始まるらしい。月日の流れは案外早く、それでいて淡々としていた。

「え、本当? それはなんだか、少し恥ずかしいね」
「その人のこと、きっとすごく大切なんだろうなって思いました」

 乙骨は任務帰り、またなまえもとある場所からの帰りで、ふたりは偶然校舎へ続く道で遭遇し、最近の近況や任務の報告などをしあっていた。なまえは教師ではないので生徒との関わりはそれほどないのだが、五条に巻き込まれて一年生とは一緒に食事をしたり授業に付き合わされたりすることが多く、また最近は四級から猛スピードで階級を上げている乙骨と合同任務に行く機会などもあったりして、彼とはそれなりに交流があった。そして解呪前に里香の話もよく聞いていたためか、里香と解呪についての報告を乙骨の口から改めてされたのだ。そして話は冒頭に戻る。
 乙骨の言う通り、とある人物を思い浮かべてはいた。しかしなにがあっても一緒にいたい、という点では違ったような気もした。たとえばもし夏油があのとき自分を迎えに来たとして、はたしてその手を取っただろうか。結果として離れてしまったためか、なまえには最期までふたりで人生を歩む光景が浮かばなかった。
 高専内は乙骨と夏油の戦闘により一部が崩壊し、立ち入ることができなくなっている。しかし校舎の方は被害がなく、その見た目は以前と変わらぬままだ。なまえは数分前までいた現場の風景を思い出し、目を瞑る。

「うん。大切な人はいる」
「やっぱり……!」
「でも色々あって、今は会えないんだ。だから乙骨くんや里香ちゃんの関係性とは少し違うのかもしれない」
「遠距離ってことですか?」
「遠距離……うん、そうだね。結構遠いかも」

 もう二度と、会えないくらい。荒れ果てた高専内の狭い避難経路の出入り口。もう何度も訪れたそこにはすでに血痕なども残っておらず、本当に最期を迎えたのかと疑ってしまうほどなにもない。唯一ひっそりと置かれた花束だけが、ここであった出来事を証明しようとしていた。

「ごめん、暗くさせちゃったね」
「い、いえ! 元はと言えば僕が色々勝手なことを言っちゃったから……僕こそすみません」
「ううん。誰かとこういう恋愛話するの久しぶりだったから新鮮だった。でもこの話、ちょっと恥ずかしいから他のみんなには内緒ね」

 指先を唇に当てながらそう言うと、乙骨は驚いたようにしばらく固まって、それから元気よく答えた。すると前方から校舎が見えてきて、野外授業を終えたであろう狗巻たちが乙骨に向かって手をあげた。花はまだ見えない。しかし明日からは春が始まって、冬は終わる。今日は夏油傑の誕生日だった。




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