これが好きってことか

 プレゼントになにが欲しいのかと聞くと、彼はタブレットを眺めながら「別に要らねー」とまるで興味なさそうに答えた。

「え……要らないんですか……? せっかくの誕生日ですよ?」
「せっかくの、って別にそんな騒ぎ立てるもんでもないだろ」
「一年に一度しかない超ハッピーデーだと思いますけど……」
「んな能天気なこと言ってんのお前だけだよ」

 あっけらかんとして告げる彼に、わたしはしばし呆然とした。強がっている様子は見られない。どうやら本当にそう思っているようで、一度もこちらに視線をやらずひたすら画面を見つめている。

「……もう盛大に祝ってもらうような歳でもないってこと?」
「あ? なんか言った?」
「ナンニモイッテナイデス。ゴメンナサイ」
「もうオジサンだからかーって言ってましたよー」
「あ! ちょっとフラン! 勝手なこと言わないで!」
「……おめーらまとめてそこに立ってろ。ちょうどここに研いだばっかのナイフがある」

 ぎゃあ! とフランが腰掛けるソファの背後に回ろうと走るが、その前に彼に足を引っ掛けられてしまい床に倒れる。最低だ。「ダサー」と頭上から間延びした声が聞こえてくるのもなんだか腹立たしい。わたしはただただ本当に純粋に、ベル先輩の誕生日を祝うために欲しいものを聞いただけなのに。
 わたしならば自分の誕生日は楽しい日であって欲しいし、みんなに祝ってもらいたいものである。反対に、みんなの誕生日には楽しい日になるようにお祝いをしたい。別にそれは殺し屋だろうがそうじゃなかろうが、誰だってそう思ってもいいのではないだろうか。確かに、昨日殺した敵の誕生日がもしかしたらその日だったかもしれない、という可能性はあるけれど。まあそれは一旦置いておくとして。
 ベル先輩がまだ子供のころは、ケーキを食べたこともあったらしい。これはルッスーリア先輩から聞いた話だ。大抵ヴァリアー幹部は夕食をみんなで食べるのだが(暗殺部隊のくせに仲がいいんだなと入隊した当初は驚いた)、誕生日の人がいると少しだけ食事が豪華になるらしい。それぞれの好きなものが増えたりするのだ。たとえばボスだったらお肉が山盛り積んであったりとか! わたしは幹部ではないのでその風景を見たことはないけれど、殺伐とした関係のようで案外仲間意識があるというか……絆と言うとまた少し違うのだが、悪口を言いつつもなんだかんだお互い心から嫌ってはないのだろうなと窺えるのが可愛らしいと思う。十年以上ほとんどメンバーが変わっていないというのも、理由のひとつかもしれない。

「別にお前からもらわなくても欲しいもんなんて手に入るから」

 確かにわたしよりも報酬はもらっているだろうし、元々王子様だということもあってお金には困っていないだろう。その上自分でなんでもできるタイプの人間だ。ごもっとも過ぎてなにも言えない。今年はベル先輩の誕生日がちょうどオフの日なのでなにかできるかと思ったけれど、これでは去年となにも変わらないまま当日を迎えてしまいそうだ。

「つうかさ、いつまで床で寝てんの?」
「……考えごとしてたら起きるの忘れてました」
「やっぱ馬鹿だわお前」


* * *


 わたしは諦めの悪い人間なので、どうにかしてベル先輩の誕生日を祝おうと必死だった。決して、「お前なんかからの祝いなんていらねー」と言われてヤケになっているわけではない。純粋な気持ちからだ。
 サプライズを喜ぶ人間はある一定数いるので、今回はそれを実行してみようと思う。題して、「ワクワクドキドキ! ベル先輩誕生日ドッキリ大作戦!」である。ちなみに作戦名はフランと一緒に考えたのだが、全く参考にならなかったので一番最初に浮かんだ案に決定した(フランが出した案はほとんどただの悪口だった)。
 迷ったら、自分がされて喜ぶことをしなさい。ちょうどベル先輩に送るものを悩んでいたとき、ルッスーリア先輩に言われた言葉だ。なにもプレゼントに拘らずとも思いが伝わればそれでいいのよ、とハート付きで教えてくれた。
 ベル先輩にされて喜ぶこと、それは、窓から突然侵入して会いに来てくれること、だ。これを別名、窓からチャオと呼ぶ(わたしはそう呼んでいる)。まあまあありがちな展開だけれど、ベル先輩を好きなものなら一度は夢見てときめいたことがあるんじゃないかと思う。わたしはこれが大好きで、たとえそのせいで窓ガラスが粉砕されたとしても嬉しかった(わたしの場合は会いに来たというより殴り込みに来たに近いけれど)。これを、ベル先輩に送ろうと思う。
 算段はこうだ。ベル先輩の自室の真上の部屋からヴァリアー基地の壁を伝って下へ降りる。先輩が任務の日に、窓には細工をしておいたので簡単に開くはずだ。いない間にシミュレーションまでしたので完璧である。これでも隠密活動は得意な方だった。
 時間は二十三時五十分。やばい、ベル先輩の誕生日まであと十分しかない。気配を殺しながら部屋へと急ぐ。いくら階が違うとはいえ、気配に敏感な先輩にはこれくらい慎重な方がいいだろう。ただでさえ上の部屋は普段無人なので、少しの物音も立ててはならない。
 幸い先輩も今日はすでに戻って来ていて、自室にいるはずだ。二十三時五十五分。うん、完璧である。窓を開けて下を覗く。カーテンの隙間からわずかに光が漏れているのでおそらくまだ眠ってはいないだろう。大抵二時くらいまでは起きているので、今日もきっとそうだ。
 予め準備しておいたロープを使い、下へと降りていく。カーテンの隙間は中心からおよそ三センチほどしか空いておらず、姿が見られることもなかった。細工をしておいた窓枠も、手を付けられた様子はない。二十三時五十九分。よし、行ける。シミュレーション通りに窓を開け、部屋に侵入する。ポケットからクラッカーを取り出して。

「ベル先輩! お誕生ぶえ!!!」

 先輩の部屋は窓の近くに大きなベッドがある。そこに着陸する予定だったのだが、最後までお祝いの言葉を言い切る前になにか大きな力に引っ張られてわたしは顔面から崩れ落ちた。クラッカーは当然破裂音を発する前に手から零れ落ち、転がっていく。なに、なにが起きたの。

「よぉ。不法侵入者」

 頭上からベル先輩の声が聞こえる。わたしはもしかして、彼に押さえ付けられているのではないだろうか。ベッドの上でうつ伏せ状態のまま。ギリギリと右手が締め上げられているので、おそらく間違っていないだろう。

「チャ、チャオ……」
「お前のこと馬鹿だってわかってたけど、まさかこんなに酷いとは思っていなかった」
「自分だってよく人の部屋に不法侵入するじゃないですか……何回そのシーン見てきたと思ってるんです……」
「あ???」
「あーー! ゴメンナサイゴメンナサイ! 腕! 痛いから離して!」
「離したらなにするかわかんねーだろお前」

 ぐっとさらに押し付けられて、ぐえ、と変な声が出る。これは全く離す気がなさそうだ。

「というより、気付いてたんですか……?」
「当たり前だろ。馬鹿にしてんの?」
「い、いえだって、気付いてたならどうして……」

 窓の細工だってそのままだったし、他にも色々阻止するには方法があったはずだ。辛うじて動く首をなんとか動かして見上げると、ベル先輩はニッと口角を上げてわたしを見下ろす。

「馬鹿なお前が気付いてることに気付かずずーっとソワソワしてんのが見てて面白かったから」
「……最低だ」
「勝手に人の部屋細工しておいてなに言ってんだよ」
「それは、その……少しは反省してます」
「少しは、じゃなくてもっと反省しろ」
「いたたたた! 反省します! してます! だから離してください腕折れちゃいますって」

 五分ほど格闘したところでようやく腕の力が弱まる。しかし押さえ付けられたままなのは変わりないので、わたしはベル先輩のベッドに埋もれたままパシパシとマットレスを叩いた。わたしのとは違いふかふかなので体はそれほど痛くないけれど、そろそろ息が苦しくなってきた。

「で。」
「え?」
「お前、こんな時間に部屋に侵入してきてさ、わかってんの?」
「な、なにを……ですか?」

 なにやら急に雲行きが怪しくなってきたような気がする。思わずバタバタと動かしていた足や手やらがぴたりと止まって、まるで石のように固まった。いやいやいや、さすがにね。ベル先輩はわたしのような後輩にそんなことをするはずないってわかってますから。今までも夜中に会ったことだって何度もあるけれど(ほとんどが先輩からの呼び出し)、そんな空気になったことなど一度もないし。そもそもわたしに対してそういう気など一切持っていないのだ。
 ぐっと背中にかかる負荷が重くなる。思えば先輩とこんな距離で話すのも初めてだ。先ほどまで全く気にしていなかったはずなのに、先輩に指摘されたことで急に恥ずかしくなってくる。そうして先輩の顔が少しずつ近付いてきて、遂には耳元にまでたどり着いた。

「とぼけんなよ」

 いつもより掠れた声が鼓膜を揺らす。今まで一度も聞いたことがなかったそれに、わたしはわかりやすく体を震わせた。知らない。こんなベル先輩なんて知らない。確かにベル先輩のことは大好きだし、それはこれからもずっと変わらないけれど、こんな急に知らない一面を出されたらどうすればいいのかわからなくなる。恐怖にも近いなにかが襲ってきて、わたしはぎゅっと目を瞑った。こんなことなら、いつも通りあの談話室でお祝いすればよかったのだろうか。
 先ほどまで騒いでいたのが嘘のように部屋が静まり返る。脈がみるみるうちに早くなっていって、ドクドクと心臓の音がうるさくなった。このあと、どうなってしまうのだろう。無知なわたしには先の展開が読めず、ただただ耐えるように息を潜めることしかできない。
 すると耳元で小さくベル先輩がなにかを呟いた。心臓の音が邪魔をして上手く聞き取れなかったけれど、よりにもよってコイツとかなんとか、よくわからないことを口にしていた。

「……これは流石に想定外」
「へ……?」
「んなマジになんなよ。誰がお前みたいなちんちくりん相手にするかっつうの」
「かっ、からかったんですかぁ……!?」

 ふっと背中が軽くなり、体が解放される。上体を起こせば、いつもよりラフな格好のベル先輩がそこにいた。どうやらお風呂に入ったあとらしい。珍しい格好にわたしは二回ほど瞬きをした。

「で?」
「え?」

 まだなにかあるのだろうか。思わず首を傾げると、先輩は苛立ったように舌打ちをしてから、口を真一文字に結んでわたしを睨み付けた。

「プレゼントは?」
「え? ないですけど……」
「は?」
「だ、だって、欲しいものは自分でなんでも手に入れられるって言ってたじゃないですか……」
「……」

 ピキ、と微かに不思議な音が聞こえたような気がしたけれど、なんの音だったのだろうか。知りたいようで知りたくない。

「まともに相手するのが馬鹿馬鹿しくなってきた」
「あー! ちょっと待ってくださいベル先輩!」

 見放したように踵を返す先輩を慌てて食い止める。せっかくの誕生日なのに、なにをやっているんだわたしは。転がっていたそれを拾って、慌てて後ろに着いて行く。そうして彼の背中に向かって構え、紐をぐっと引っ張った。

「お、お誕生日、おめでとうございます!」

 パンッと、破裂音が響いたのち、きらきらと金色の紙吹雪が舞う。瞬間、足を止めたベル先輩がくるりと振り返って、舞い落ちるそれを眺めた。

「背後からやられたらほとんど見えねーだろ」
「う……すみません……部屋にたくさんあるので、それで許してください」
「別にいいけど」

 はあ、とため息をつきながら頭をガシガシと掻くベル先輩に、なんだか申し訳なくなって俯く。途中はヤケになっていたけれど、本当にただお祝いしたかっただけなんだけどな。

「あ、あの、今日は一日オフで……その、一緒にプレゼントを選びに行く……なんていうのは駄目ですかね?」

 ベル先輩もオフだということはスクアーロ先輩から聞いているので把握済みだ。予定が入っているかまではわからないけれど、恋人がいるとも聞いたことがないし、ないと信じたい。

「それ、どっちかっつーとお前へのプレゼントになってねぇ?」
「う、はい……仰る通りです……」
「ま、いいよ。それで」
「ほ、本当ですか?」
「ただし有り金全部持ってこいよ」
「なにを買わせる気ですか!? 怖いんですけど!」

 恐ろしくて震えていれば、わたしはあっという間にベル先輩に首根っこを捕まれ、ズンズンと出口の方へ運ばれていた。そうして廊下にポイッと投げられる。

「お子ちゃまはさっさと帰って明日の準備でもしてな。あれに懲りたら誰彼構わず不法侵入なんてすんじゃねーぞ」

 わたしを見下ろしながらベルさんが手をはたく。そんな、ゴミを捨てたときみたいな仕草やめてください。しかし言う前に扉は閉められ、パタンと静かな廊下に音が響いただけだった。
 さすがに再び部屋に侵入する勇気はないので、先輩の言う通り明日の準備をしようと思う。先日ルッスーリア先輩からもらった高いパックを今こそ使うべきだ。そしてベル先輩に会ったら、先輩だから不法侵入したんですよって誤解を解かなければ。


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