葉は色づき始める

 咳き込む綱吉を見て、一先ず弟が無事であったことに心の底から安堵した。瞬間、やっと自分の身に降り掛かった事件の深刻さを理解して、手指が恐ろしく冷たくなっていたことに気付く。いつの間にか冷や汗もかいていたようであった。
 皆が綱吉に声を掛ける中、わたしは急いで近くにあった店へと駆け込む。何が起きたのかは分からないが、パンツ一丁に手袋、おまけに体はボロボロになったままでいるのは心配で見るに耐えなかったからだ。

「なまえ!あ、ありがとう……その……」

 手渡したとき、綱吉は酷く辛そうな顔をした。もしかしからそれほどわたしが悲痛な表情を浮かべていたからかもしれない。
 きっと、今回のことも何も教えてはくれないのだろう。理由を知らぬまま、ただただ弟が傷付いていく姿を見ているのは酷く辛いことであった。

「おい、なまえ。お前もこのまま家に帰れ」

「……わかりました。笹川さん達を送ってから帰ります」

 会話は無いが、重く苦しい空気を纏ったわたし達を遮るようにリボーンが告げると、冷たく突き放した獄寺くんや山本くんを置いて、綱吉達と共に何処かへと行ってしまった。
 残されたわたし達の感情は皆それぞれ複雑であっただろう。近くにいた笹川さんや三浦さんに声を掛けてみたが、突然の出来事に驚いている様子であった。
 一応獄寺くんや山本くんにも声を掛けてみたものの、先程の出来事とリボーンから冷たく突き放されたことが随分とショックだったようで、満足な返事は返ってこない。もう一度なにか声を掛けるべきかとも思ったが、事情を知らないわたしから二人に何を言ったって無意味なのではと、自分の無力さを痛感した。








 笹川さんと三浦さんを送ってから帰宅すると、玄関には見覚えのない、泥や砂で汚れた長靴やヘルメット、そしてツルハシが置いてあり、もしやと思ったわたしはリビングダイニングを覗いた。

「やっぱり……。お父さん」

「なまえ!久しぶりだなぁ〜!お父さんのこと忘れてないか!」

「忘れるわけないでしょう。おかえりなさい、お父さん」

 なまえ〜!と駆け寄る父に全力で抱き締められたが、あまりにも力が強すぎて一瞬息が詰まりかける。抱き締め返したあと、父は何かに気付いた様子で、先程まで何処にいたのか尋ねてきた。

「並盛商店街よ。綱吉にも会ったんだけど……」

 そのあとに続く言葉が見つからなかった。正直に答えたところで信じてもらえるかも分からなければ、もし信じたとしてもきっと父や母は心配するだろう。それにわたし自身が未だに先程の状況を理解しきれていないのだ。最後に見たあの銀髪の人の鋭い瞳がやけに鮮明に思い浮かぶ。あの人は一体何者なのだろうか。
 しかし父は言い淀んだわたしに深堀することも無く、笑顔で「そうか!」と呟いてから、父の仕事先での話へと変えた。内心ほっとしながらも、何となく両親に嘘をついているような気がして気持ちが沈む。
 父はどうやらつい先程帰ってきたばかりらしく、母は先日同様、懸命に料理を作り続けている。何となく気まずい感情が残る中、わたしは洗濯物を請け負うことを母に伝え、逃げるようにリビングダイニングを出た。その後ろ姿をじっと父が見ていることにも気付かずに。







「バジルはどうだ?ロマーリオ」

「命に別状はねえ、よく鍛えられてるみてえだ。傷は浅いぜ、ボス」

 ツナは不思議そうな視線をディーノに向けた。

「あの、彼は何者なんですか? やっぱりボンゴレのマフィアとか……?」

「いいや、こいつはボンゴレじゃあない。だか確実に言えることは……。こいつはお前の味方だってことだ」

 ディーノがそう告げると、ツナは混乱した様子で、「さっきのロン毛がボンゴレなのに敵で、そうじゃないこの人が味方って?!」と叫んだ。

「つーか別にオレ、敵とか味方とかありませんから……」

「それがなあツナ、そうも言ってらんねえみたいだぞ」

「あのリングが動き出したからな」

 リング? と頭上にクエスチョンマークを浮かべたツナにリボーンがリングの説明をする。それを聞いたツナはぞっとしたような顔を浮かべ、「ロン毛の人がボンゴレリングを持ち去ってくれて良かった」と呟き、胸をなでおろした。

「それがなあ、ツナ……実はここにあるんだ」

「ええーー?!?!」

 思わずリボーンも一瞬肩を揺らした。どうやらディーノの持つボンゴレリングが本物で、とある人物からツナに渡すよう頼まれたらしい。ディーノはその頼まれていたボンゴレリングをツナに手渡そうとするが、ツナは無理矢理な理由をつけ足早に去っていってしまった。

「あいつ、逃げられると思ってんのか……?」

「……バジルは……囮だったんだな」

「ああ。恐らくバジル本人も知らされてねぇ。あの人のことだ、こうなることは読んでたんだろうが……」

 相当キツイ決断だったと思うぜ。と、小さな声でディーノは呟いた。恐らく同じ上に立つ者として、この決断の裏側に隠された苦渋を悟ったのだろう。

「そういえば、なまえは大したもんだなあ」

 暫く沈黙が流れたが、思い出した様子でディーノを話題を変えた。

「ああ、あいつは頭が良いからな」

「分からないなりに状況を把握しようと、必死に周りまで注意してたぜ。オレも隠そうとしていなかったが、気配もしっかり感じ取っていたみたいだしな」

「頭も切れるし、運動神経も悪くない。素質はあるんだが家光が嫌がってな。引き取ってからこちらのことは一切教えなかった。しかし……」

 今回はそうもいかないかも知れねえけどな、とリボーンは静かに呟いた。



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