賽は投げられた

 深夜一時頃。
 どんなことがあっても、普段と変わらず時間は平等に流れていく。大量の洗濯物や洗い物に追われていて、先程まではそれほど気にならなかったが、やはり一人になると思い出してしまうのは昼間のことだった。
 あの時は情報を逃さぬように必死に気を配っておりそれほど意識していなかったが、あとから思い返しても、あの真っ赤に染まった目の前の出来事はどう考えても異常だ。
 並盛は風紀委員の雲雀くんが目を光らせているためか、それほど大きな事件は起きない。それこそ暫く前にあった風紀委員が襲われる事件が珍しいと言えるくらいに、だ。
 目の前に広がる沢山の赤。改めて思い返してみてもぞっとするような景色。あんな沢山の赤色は生まれて初めて見た。
 ──本当に初めてだろうか。
 なんだか今、頭がズキ、と痛くなったような気がする。思い出したくても思い出せないような、白いモヤが頭の中に蔓延るように。
 思い返してみれば昼間の事件の時も同じような感覚に襲われたような気がする。綱吉やあの銀色の髪の人との会話で出てきた、ボンゴレファミリーやボンゴレリング、そして死ぬ気の炎。その言葉達も初めて聞いた筈なのだ。それなのに、断言出来ない。
 わたしには幼少期の記憶が少ない。父に連れられこの家に来た頃からは覚えているのだが、それ以前の記憶がぼんやりとしているのだ。昼間の出来事を思い出す度に感じるこのモヤモヤとした感情は、もしかしたら記憶には無い幼少期が関係しているということなのだろうか。
 しかし、それを確かめようにも母は知らないだろう。もしかしたら父は知っているのかもしれないが、教えてもらえるだろうか。

 思案している内に眠気は訪れ、いつの間にかわたしは夢の中に落ちていった。しかし数時間後に隣の部屋から突然父の声がして、再び起きる羽目になったのだが。







 朝はいつも騒がしいのだが、今日は一段と賑やかだった。先程起きたばかりの綱吉が何かを叫んだあとに、降りてきたばかりの階段を駆け上がる。あんな指輪、持っていたっけ。

「ツナは朝から忙しいなあ」

「お父さん」

「ん?どうしたなまえ」

 昨夜悩んでいたこと。父に聞けば何かわかるだろうか。
 おずおずと、「学校から戻ったら聞きたいことがあるんだけど」と言えば、父は暫く黙り込んだあと、「何でも父さんに聞いてくれ!帰ってきたらな」と元気よく答えた。少しの間でさえ、気になってしまう。やはり、何か知っているのだろうか。

「うん、いってきます」

 しかし約束はしたが、答えてもらえるかどうかは別問題である。何から聞くべきかとその日の授業中はそんなことで頭が一杯だったが、帰宅した時には父はもう既に就寝しているという落ちにわたしはがっくりと項垂れた。







「う"お"ぉい!!奪い取ってきたぜぇ。ハーフボンゴレリングをなぁ!!」

 そう言いスクアーロはハーフボンゴレリングが入った箱を、一番上座に座る男──ザンザスに手渡した。

「どうやら跳ね馬もあちら側に着いているみてぇだぜ」

「あの追っていた坊やの味方って事かしら?」

 返事をしたのはザンザスでは無く、近くにいたモヒカンの男──ルッスーリアだった。

「いや。あのガキを追っていたら、噂の日本のガキに遭遇した。どうやらそいつと顔見知りみてえだが……」

 “噂の日本のガキ” その言葉に反応したのはザンザスだった。僅かながら眉を寄せ、スクアーロを睨んでいる。

「まあでも、こうしてスクアーロがハーフボンゴレリングを持ち帰ってきたのだから、もう関係の無い話しよねぇ」

「面白そうな奴、いなかったワケ? スクアーロ」

 しししっ。と、独特な笑い声を響かせた青年──ベルフェゴールはハーフボンゴレリングよりも、自分の退屈しのぎになりそうな人が居ないかどうか気になっていたようだった。鋭いナイフを手に取って、太陽の光を反射させるようにちらちらと揺らしている。

「どいつもこいつも脆弱そうな奴ばっかだったぜぇ。女子供もいたしな」

「なぁんだ、つまんねえの」

「少し離れた場所でボルサリーノを被った小さい赤ん坊と、黒髪で琥珀色の目をした女はこっちを睨んでいたけどなあ」

 それに反応したのはまたもやザンザスと、ベルフェゴールの隣に座っていたフードを被った赤ん坊──マーモンだった。

「その小さな赤ん坊には心当たりがあるね」

「マーモンが言うなって」

「五月蝿いよ、ベル」

 箱を開け中身を取り出し、ハーフボンゴレリング同士を組み合わせ再び指に嵌めると、口ピアスの男──レヴィ・ア・タンが、「このリングはやはりボスが一番お似合いです」と目を輝かせる。
 その間も、ザンザスはずっと眉を寄せたままだった。何を考えているのか、それは本人にしかわからない。

 しかし暫くして、スクアーロが持ち帰ったハーフボンゴレリングがフェイクだと判明する。
 そしてザンザスは先日話題に上がった黒髪で琥珀色の目を持つ女を連れて来いとスクアーロに命じた。



prev / list / next


- ナノ -