翌日、日曜日であるが補習のために学校へと向かった綱吉を見送ってから、わたしも身支度を始めていた。
「お母さん、商店街の方まで行くけど、帰りに何か買ってくるものはある?」
「そうねえ、卵だけお願いしていいかしら」
「わかった。帰る頃また連絡するよ」
商店街に来たのは本屋に行くためだ。好きな小説の新刊が今日発売であり、ずっと楽しみにしていたのだ。
本屋に向かう途中、前方で何やら騒がしい集団がいることに気付く。数人は制服も着ているが、あの制服は並中の制服で間違いない。近づくにつれ見えるその後ろ姿に心当たりがあったので、本屋の目の前まで来たが、そのまま通り過ぎて集団の後を追った。
二手に分かれた集団のうち、つい先ほど家で見送ったばかりの後ろ姿に着いていくと、どうやら子供達から飲み物をせがまれたらしく、彼等はここで休憩をするつもりのようだ。
「ツナ君はいつものツナ君で、なんかホッとしちゃった」
「京子ちゃん……」
「綱吉何しているの?」
「わあ?!え!!なまえ?!なんでここに……」
「それはわたしの台詞よ」
綱吉の隣に座っている女の子は何度か会ったことがある。綱吉が密かに想いを寄せているらしい、笹川京子さん。わたしが並盛中学校在学中に出会った数少ない友人の一人、笹川了平くんの妹さんだそうだ。
笹川さんはわたしの声に振り向くと、律儀に挨拶をしたので、わたしもそれに返す。一方綱吉はこの状況を見られたことに後ろめたさを感じているのか、言葉にならない声を発しながら、どう返すか迷っているようだった。中々返事が返って来ないのでこちらから声をかけようとするが、辺りの騒がしさが何となく気に掛かり、何事かと周りを見渡した。
「なまえ?」
「ねえツナ君……。あれ?何の音だろう?」
そう言い笹川さんがわたしと同じように見渡した瞬間、突然近くの建物から騒音がした。状況が分からぬまま建物の方に視線を向けると、そこから何かが飛んでくるのが見え、咄嗟に近くにいた笹川さんの腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。
飛んできた何かはそのまま綱吉へとぶつかり、少し離れた場所まで巻き込んだ。
「す……すみませ……」
「いててて」
「っ……おぬし……!!」
「21世紀に……おぬし……?」
「綱吉!」
巻き込まれた綱吉の方へ駆け寄ると、騒ぎを聞き付け飛んできた獄寺くんや山本くんと鉢合わせる。二人は驚き、目を見開いていたが、突然起きたこの状況に二人とも戸惑いを隠せていない様子であった。
「な!10代目のお姉様まで?!」
「大丈夫かツナ!!」
綱吉の隣にいる知らない彼は、何故か額に青い炎がついている。飾りだろうかと思ったが、ゆらゆらと揺れていて透き通った青色をした炎は、まるで本物のように美しい。こんな状況であるのに、わたしはその炎に一瞬見惚れてしまった。
綱吉を起こすように皆が声を掛けたことで漸く我に返る。すると突然、喧しい雄叫びのような声が響き渡った。
「なんだぁ?外野がゾロゾロとぉ。邪魔するカスはたたっ斬るぞぉ!!」
突如現れた喧しいそれは、黒い服で全身を包み、太陽に反射した煌めく銀糸のような髪を持つ人だった。左に持つものは剣だろうか。それを振り回し、辺りの物を容赦なく破壊していく。突然の出来事に呆気に取られていると、少しだけ焦ったような表情をしてリボーンが駆け付けてきた。
「おい、なんでなまえまでここにいるんだ。とりあえず女子供は避難するぞ」
リボーンの言葉に従い、笹川さん達と共に綱吉達から離れる。何故わたし達だけなのか。危ないのは綱吉達だって同じであろうと、どうしても様子が気になってしまったわたしは、皆が真っ直ぐ走り逃げる中、立ち止まって後ろを振り返った。
しかしそこで目にしたのは、あの青い炎を額に宿した人が、銀色の髪の人に斬られる瞬間の赤色。普段見ることの無い沢山の赤色に、体がひやりと冷たくなったわたしは数瞬動けずにいたが、再び喧しい音がしたところで、ハッと我に返る。追うようにして音の方に視線を向けると、そこには獄寺くんや山本くんが、銀色の髪を持つ人と対峙する様子が見えた。
目の前で起きている状況をどうにか処理しようと必死に頭を動かすが、今までの経験と知識で処理するには、あまりにも現実は非現実的過ぎた。しかし綱吉達の様子から、きっと彼等はこのような出来事が初めてではないと、何となく気付いてしまった。
理解出来なくてもいい。兎に角情報を集めるんだ。わたしには知らない事が多すぎる。
獄寺くんが放った物は何なのか、どうして山本くんが刀らしき物を持っているのか、そして何故綱吉が突然別人のような雰囲気で銀髪の彼と対峙し、斬られた彼と同じように額に炎を宿しているのか。疑問に思うことは沢山あったが今は置いておくべきだと判断して、一つ一つの情報を自分の中に取り入れるように注視する。
すると不意に後ろから気配を感じた。そして振り向く前に、聞き覚えのある声がわたしを呼んだ。
「怪我はないか」
「ディーノさん……」
声の主は、リボーンの知り合いのディーノさんであった。思わぬ人物の登場に、何故彼がここにいるのだろうかと疑問に思ったが、聞くことはせず、特に怪我は無いと伝えると、わたしの横を通り過ぎ真っ直ぐ綱吉達の元へと向かっていく。
まず、彼はそのまま銀色の髪の人に声を掛けたことに驚いた。綱吉達の反応からして恐らく銀色の髪の人と面識はないように見えたが、どうやら彼は違うらしい。リボーンの知人という時点で怪しいところではあるが、こうして辺りのものを全て破壊し続けていた男性と知り合いということで尚更疑心が深まる。
すると銀色の髪の人がいきなり綱吉の頭を掴みあげた。思わず体が前に動いたが、それよりも先にディーノさんが声を上げると、突然破壊音がして視界を遮るように砂埃が舞った。一体何が起きたのか把握することも出来ず、綱吉は大丈夫なのかと心配になりながら、目を凝らして見れば綱吉を掴みあげていたはずの男性は随分と離れた場所まで移動しており、何か黒い箱のようなものを持ち上げていた。
「貴様に免じて、こいつらの命はあずけといてやる。だがこいつはいただいていくぜぇ」
「ああっ。ボンゴレリングが……!」
銀色の髪の人は掌に収まるその箱を奪い取り、その場から去って行った。その瞬間、彼と目があったような気がして思わず体が硬直した。