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「ふう……」
ヒノエは顔を伏せため息を吐く。
そして次に顔を上げた時には、いつものように看守としての顔を作り上げた。
看守としての顔のまま、食事を持ってベルーアがいる鉄格子の前に立ち、抑揚のない声を意識して声をかける。
「――おい、食事だ」
「ん? ああ、もうそんな時間か……。あんたも律儀だなァ。どうせ、人間側のお偉いさんたちん中じゃあ俺のこと病気に見せかけて殺しちまえって輩も少なからずいるだろうに」
あきれたように、笑いながらそう口にするベルーア。
確かに、今だって、そうやってベルーアを殺してしまおうという案を口にする人間もいる。そして、おそらくいつかそれは現実のものになるだろう。
病死にして、なおかつ証拠の残らないようにすれば、獣人たちも怖くないから。
ベルーアは、そんな汚い上の人間たちを知っているくせに、自分がいつか殺されるかもしれないってわかってるくせに、変わらない笑みで笑う。それがたまらなく苦しかった。
「――……っ」
「どうした? どうして、んな顔してんだ。別に、あんたが悲しむようなことじゃねえだろ」
「……っべつ、に」
伝えるつもりはなかったし、想いが伝わるような表情をするつもりもなかった。
でも、彼がいつか死んでしまうと考えると、苦しくて、苦しくて仕方がなくて……看守としても表情が作れない。
それでもとっさに否定したヒノエの言葉が震えていたなんて、勘の鋭いベルーアが気づかないわけがない。
困ったような顔をしたベルーアが、口を開いた。
「別に、じゃねえだろ? 泣きそうな顔、してんじゃねえか。……あんたは、笑ってるほうが似合ってるよ」
「っ……っ」
「ほら、泣くなって。もうちょっとこっち来い……」
ベルーアの前だと、看守としての表情なんてよく崩される。笑顔にだってさせられるし、怒ることだってある。
泣かされたのは初めてだけれど。いつも最初は、看守のヒノエとして彼のもとへ行くのに、帰ってくるときは、ただのヒノエになっているんだ。
情けなく涙をこぼすヒノエを、ベルーアが優しく手招きをする。
けれど、それにすがってしまうことなんてできないヒノエは、ベルーアから背を向けて、自分で涙を拭きながらその場を離れた。
(ベルーア……っ)
ヒノエ自身には、想いを彼に伝えるつもりはない。
けれど、おそらくヒノエの想いなど、彼は知っているのだと思う。だからこそ、あんなふうに、優しい顔で笑いかけてくれるんだと思う。
ヒノエは、背後から自身の名を呼ぶような声が聞こえているのに気づいていたけれど、気づかなかったふりをして、足早にその場を立ち去った。
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