ヒノエが、その話を上司から聞いたのは、その数日後。

 その日のベルーアの朝食を用意して、彼のもとへと持っていこうとしていた時だった。


「――え……?」

「ベルーアにはもう、飯をやらなくていいとさ。どうせ出たところでまた盗みを働くから、病死で、飯を食わなくなった〜とか言って、そのまま餓死させちまえって」

「……っ」

「バカだよなァあの獣人野郎も。捕まりゃ殺されるってのに、仲間なんか助けてよぉ」

 笑い交じりに話す同僚の言葉に怒りがわく以前に、意識がどこか遠くへ行っているような感覚がして、ヒノエはただ、「ああ、そうだな」と相槌を打つしかできなかった。

(やっぱり、そうなったのか……)

 もう少し、その時は遅いと思っていた。

 上の人間が、こんなにも早く愚かな決断を下してしまうとは思わなかった。

 ヒノエは、無意識に拳を握る。


(……伝えよう。ベルーアには、伝えておこう)

 それが、看守としての自分ができる、ベルーアに対しての誠意だと思った。


 ――そして足は、ベルーアが投獄されている牢屋へと、動き出していた。

「――お、ヒノエ。おはよう、遅かったな……ん? なんか、あったのか?」

 いつもと同じ表情で、優しく迎えられ、ヒノエは顔を歪める。自分は、ベルーアを餓死させてしまう看守なのに、そんな顔を向けていい存在じゃないのに。

 顔を歪めたヒノエに、心配したような顔をするベルーア。

 その彼の表情が、さらにヒノエを苦しめる。

「言え。なにがあった? どうして、泣きそうなんだ?」

「……っ、別に、なんにもない。……朝食だ」

「あ、おい!」

 朝用意してそのまま手に持ったままだった彼のための朝食を渡し、ヒノエはすぐにその場を離れる。

(言えない……っ、言えるわけがないっ)

 好きだと自覚している相手なのに、餓死をさせないといけないなんて、残酷すぎる。

 ましてやそれを本人に告げ、実行するなんて、ヒノエにはできない。

 けれど、どうしていいのかわからない。このままなにもしなければ、ベルーアは殺されてしまう。

「……」

 ヒノエは立ち止まり、自分がどうするのか、どうしたいのか、数分その場で考えた。

 数時間経ったのかもしれない。


 そして、ヒノエの中でどうするか、どう動くか……答えが出た。


(俺は……)

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