3
ヒノエが、その話を上司から聞いたのは、その数日後。
その日のベルーアの朝食を用意して、彼のもとへと持っていこうとしていた時だった。
「――え……?」
「ベルーアにはもう、飯をやらなくていいとさ。どうせ出たところでまた盗みを働くから、病死で、飯を食わなくなった〜とか言って、そのまま餓死させちまえって」
「……っ」
「バカだよなァあの獣人野郎も。捕まりゃ殺されるってのに、仲間なんか助けてよぉ」
笑い交じりに話す同僚の言葉に怒りがわく以前に、意識がどこか遠くへ行っているような感覚がして、ヒノエはただ、「ああ、そうだな」と相槌を打つしかできなかった。
(やっぱり、そうなったのか……)
もう少し、その時は遅いと思っていた。
上の人間が、こんなにも早く愚かな決断を下してしまうとは思わなかった。
ヒノエは、無意識に拳を握る。
(……伝えよう。ベルーアには、伝えておこう)
それが、看守としての自分ができる、ベルーアに対しての誠意だと思った。
――そして足は、ベルーアが投獄されている牢屋へと、動き出していた。
「――お、ヒノエ。おはよう、遅かったな……ん? なんか、あったのか?」
いつもと同じ表情で、優しく迎えられ、ヒノエは顔を歪める。自分は、ベルーアを餓死させてしまう看守なのに、そんな顔を向けていい存在じゃないのに。
顔を歪めたヒノエに、心配したような顔をするベルーア。
その彼の表情が、さらにヒノエを苦しめる。
「言え。なにがあった? どうして、泣きそうなんだ?」
「……っ、別に、なんにもない。……朝食だ」
「あ、おい!」
朝用意してそのまま手に持ったままだった彼のための朝食を渡し、ヒノエはすぐにその場を離れる。
(言えない……っ、言えるわけがないっ)
好きだと自覚している相手なのに、餓死をさせないといけないなんて、残酷すぎる。
ましてやそれを本人に告げ、実行するなんて、ヒノエにはできない。
けれど、どうしていいのかわからない。このままなにもしなければ、ベルーアは殺されてしまう。
「……」
ヒノエは立ち止まり、自分がどうするのか、どうしたいのか、数分その場で考えた。
数時間経ったのかもしれない。
そして、ヒノエの中でどうするか、どう動くか……答えが出た。
(俺は……)
- 62 -
[*前] | [次#]
(5/5)
戻る