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人間と、獣人と呼ばれる人よりも身体能力の高い、獣交じりの生き物が共存する世界。
そんな世界で、犯罪者が投獄される刑務所の看守を務めているヒノエは、看守にあるまじき想いを抱いていた。
投獄されてきた犯罪者……それも、人間である自分とは相対することのない獣人に、想いを馳せているのだ。
獣人と人間、看守と犯罪者。
かなわない恋だと知っていても、それでも、獣人――ベルーアに惹かれている自分を、ヒノエは自覚している。
ベルーアが、この刑務所に収監されたのは、一月ほど前のことだ。
罪状は簡単に言えば泥棒。けれど、ベルーアは普通の泥棒ではなく、世間を騒がせていた大泥棒だったのだ。
影で獣人たちを虐げている貴族の家にしか入らない泥棒……それがベルーアだった。
盗んだ金銀は、貧しいものたち……それも、獣人と人間分け隔てなく与えていたようだ。
ベルーアが捕まったのは、虐げられていた獣人の子どもを逃がすためだ。子を逃がしている隙を突かれ捕獲された。
おそらくだが、ここに収監される前に、ベルーアを殺処分にする案も出ていたのではないか、そうヒノエは推測しているし、ほぼ間違いない。……実際、今もそういう案がないわけではないから。
それをしなかったのは、上のほうの人間だが、それは、もしベルーアを殺してしまえば、間違いなく獣人たちから反感を買うからだろう。一人だったら人間が複数で立ち向かえばかなう相手でも、獣人に束になってこられたら、人間に勝ち目はない。
それなら獣人たちがベルーアを助けに来てもいいんじゃないかと思うが、それはおそらくないだろう。
ベルーアは、たとえ獣人たちのことを虐げている人間相手だからと言っても、泥棒と言う犯罪者だからだ。
ヒノエも、ベルーアが初めて収監されてきたときから、彼に好意的だったわけではない。
人間の世界を騒がせる、大悪党が来た。そう思っただけだった。ただの犯罪者……それだけの意識しかなかった。
けれど、この一月の間に、彼と接し、彼の人となりに触れ、その優しいところなどに惹かれたのだ。
だからこそ、たとえベルーアが犯罪者だとしても、それでも。
(やっぱり俺は、ベルーアが好きだ)
そう心の底から思う。それを本人に伝えたことはないけれど。
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