Romantic Nightmare

▼ 交わされた色


 それから、最初の店だけでなくあちこち見て回るうち、気付けば持ち切れないほどの買い物をしていた二人は、殆どを配送サービスに任せごく少数を持ち帰ることにした。その中に香織が最初に買ったものも含まれており、いまは車のトランクで眠っている。途中、モデルの悠と香織を知る若い女性に声をかけられるトラブルもあったが、騒ぎに発展することはなく比較的平穏に休日を楽しむことが出来た。

「久しぶりに凄く買ったね」
「荊兎がなんでも似合うから楽しくて、ついな」
「これなら大きい車で来ても良かったかも」
「次はそうするか」

 悠と香織はそう話しながら車に乗り込み、荊兎がシートベルトの上からぬいぐるみを抱いたのを確かめると、静かに発進させた。半日歩き回ったため、荊兎は既に眠そうにしている。

「荊兎ちゃん、眠かったら寝てていいよ。ちゃんと送り届けるから」
「う、ん……でも、香織さん……」

 うとうとしながらも懸命に起きていようとする様子を不思議に思っていると、荊兎はぬいぐるみに半ば埋もれながら必死に口を開いた。

「また、おれい、しないの……だめな、の……また……おうち……に……」

 最後のほうは、くぐもっていて殆ど言葉になっていなかった。荊兎は初日のように、お礼を言わずに車を降りてしまうことを気にしていたのだ。それも結局睡魔には敵わず寝入ってしまったが、言いたいことは十分香織に伝わったようで、香織は運転しながら微笑ましげな表情をしている。

「好きでしてるんだから気にしなくていいのに。それに、お礼なら買い物中にたくさんもらったし」
「最後のほうなんか涙目になって、お家に入らなくなっちゃうって訴えてたよな」
「そのうち、本当にそうなる気がするよ」
「確かに」

 暫し無言のときが流れ、車内を静かなエンジン音が支配する。ふとウィンカーの音が舞い込んだとき、悠は荊兎の頭を撫でて、小さく香織を呼んだ。

「……二十歳になったら、いまの家を出るよ」

 前を向いたまま、香織が僅かに目を瞠った。悠は依然眠る荊兎を見つめたまま、頬や髪を撫で続けている。

「……俺の、あの家に来てくれるの?」
「約束したからな。何だかお前と家族になるみたいで妙な感じだが……」
「今更じゃない。大学には近くなるし、それにあの家も人が住まないと脆くなるから」
「じゃあ、そうならないための管理人ってことにでもしておいてくれ」

 香織は笑って「了解」と言うと、悠の家の駐車場に留めた。
 緩やかで丁寧な停車の仕方だったため、荊兎は起きる気配を見せない。ぬいぐるみをしっかり抱きしめたまま熟睡している。長い白金の睫毛をやわらかな頬に伏せて、規則正しい寝息をたてる姿は、初日の不安げな様子を微塵も感じさせない。

「すっかり寝ちゃったね」
「緊張しただろうからな、仕方ない」

 後部座席のドアを開けて覗き込みながら香織が言う。降りる前にと、悠が荊兎の手をぬいぐるみから離させようとするが、力任せにすると、折れるのが先か起きるのが先かわからないくらい思い切りしがみついていてびくともしない。

「悪い、香織。剥がせそうにない」
「ああ、いいよ。荊兎ちゃんが持ってるってことは悠の傍にあるってことでしょう? だったら俺の手元にあるも同然だもの、へいきだよ」

 疑いようもなく本心からそう言い切る香織に、悠は笑いを含んだ溜め息を吐いた。

「明日、起きたときが恐ろしいよ。きっと泣いて謝るだろうから」

 車から降りて回り込み、荊兎を下して抱き上げながら呟く。そうなる姿が容易に想像出来てしまい、香織も肩を竦めて悠の背をそっと叩いた。

「俺は気にしてないって言っておいてね」
「直接言いに来い。でないとたぶん、納得しない」
「だろうね」

 トランクから荷物を取り出すと、荊兎を抱いていて両手が塞がっている悠の代わりに香織が鍵を預かり、家を開けた。肌寒い屋外から扉一枚隔てた中は温かく、ふっと肩の強ばりが解ける心地がする。
 香織は荷物を玄関の上り口に置くと、荊兎の頭を撫でてから悠を抱き寄せ、悠の額にキスをした。

「約束、覚えていてくれてうれしいよ」
「……忘れるはずがないだろう。俺は殆ど諦めていたのに、お前はいつだって笑って、きっと会えるって言い続けていたんだから」

 ぎゅっと荊兎を抱きしめて睨む悠に、香織は幸せそうな笑みを返す。

「本当だったでしょう」

 自らの言葉を、そして悠との約束が果たされることを信じて疑わない穏やかな声で、香織が言う。出会ったときから香織はそうだったと思い返しながら、悠は頷いた。

「じゃあ、俺は帰るよ。悠も今日は早めにお休み」
「ああ、また」

 今度は頬の唇にごく近い位置にキスをして、香織は帰って行った。



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