Romantic Nightmare

▼ 初めての試着


「さ、お店を見に行こう。荊兎ちゃんの気に入るものがあるといいけど」

 悠は荊兎を抱いたまま、先ほど荊兎が見つめていた洋服の店に向かった。その店は、少女趣味を丸ごと形にしたような、パステルカラーとフリルで形成された空間だった。ワンピースやブラウス、スカートなどの衣服から、髪飾りや帽子の類、バッグや小物や靴に至るまで、ここだけで一式完成するよう全てが取り揃えられている。
 この店は同ブランドの子供服支店で、親子で同じデザインの服をあわせて着たりすることが出来る。現に店員は此処で売っている服をそのまま大きくしたものを着ており、入口脇の案内プレートには大人向け店舗の情報が記されている。

「いらっしゃいませぇ! なにかお探しですかぁ?」

 語尾を不自然に伸ばした営業用の声で、女性店員が悠に声をかけた。悠は荊兎の背を撫でながら同じく営業用のトーンで応答する。

「この子の服を探しているんです」
「畏まりましたぁ! えーっとですねぇ、可愛らしいお嬢さんなんでなに着てもきっとお似合いになると思うんですけどぉ、淡いお色のほうがいいかなぁ」

 独り言のように言いながら、店員がハンガーを物色する。そのあいだ香織は、自由に店内を見回って、いつの間にか手に円筒形のバッグを持っていた。
 やがて店員が戻ってくると、その手には三着ほどのワンピースが下がっていた。そのどれもが独り言の通り淡い色で、主にパステルピンクやペールブルー、オフホワイトで形成されている。

「荊兎、どれか着てみる?」
「いいの……?」

 不安そうに尋ねる荊兎に、悠は頷いて答え、荊兎を下に下ろした。店員も愛想よく見守り、荊兎の目の高さに合わせて服を広げて見せている。

「えっと、この、水色のがいい……」
「こちらですねー、畏まりましたぁ。それじゃあこちらへどうぞー」

 案内されたフィッティングルームは広い作りで、試着するスペースと着たものを全身眺めるための鏡に囲まれた広いスペースに分かれていた。荊兎に服を渡してカーテンを閉めようとすると、不安で泣きそうな顔で見上げてきたため、店員に断って悠も一緒に入らせてもらうことにした。にこやかに手を振る香織に一瞥をくれ、分厚いカーテンを閉める。

「ごめんなさい……僕、ひとりはこわくて……」
「大丈夫だよ。初めて来るところだから、落ち着かないよね」

 しゅんと俯く頭を撫で、服の胸元に手をかけた。さすがに一週間では、肉付きはよくならない。肋骨の浮いた細い体に、ワンピースを着せていく。小さいサイズのものでも少し袖が余ってしまうようだが、みっともないというよりはその姿も可愛らしく映る。ラッパ状に広がる姫袖という形が一層荊兎の手を小さく見せている。

「ああ、思った通り以上に可愛いよ。ほら、お姫様みたいだ」

 肩にそっと手を添えて鏡に向けてみる。いま試着しているのはワンピースだけだが、それでも十分な華やかさだ。

「僕、にあってる……?」
「うん、とても良く似合ってる」

 白金のやわらかな巻き毛と、色違いの瞳、長い睫毛に色白の肌。どれをとっても服に負けていない。むしろ悠の目には、服が荊兎のために作られたようにさえ見える。

「気に入ったなら買うよ。どうする?」

 悠の問いに、荊兎はじっと鏡を見つめてから悠を見上げ、一つ頷いた。

「よし、じゃあ一着目はそれにしよう」
「えっ」

 驚いて声を上げた荊兎に、悠は首を傾げて暫し考えてから抱き上げた。

「お洋服は毎日着替えるものだからね、一着しかなかったらお洗濯出来ないだろう? だからせめて一週間分くらいは買わないと」
「あっ、そっか……でも、そんなにたくさん……?」

 落ち着きなく瞬きを繰り返し、ひどく恐縮した様子の荊兎の頬をそっと指先で撫で、一つキスをしてから下に下ろした。試着したものから着てきたものへ着替え直し、一度外へ出た。香織は相変わらず自由に店内をうろついている。
 小さな足に靴を履かせ、手を握ると、悠は恐縮する荊兎に優しく笑いかけた。

「これからもっと増えるよ。お兄ちゃんに追いつくくらいにね」
「そんなに、たくさん……」

 荊兎の遠慮癖は当分治らないだろうと思いつつ、それでも、些細な喜びで心の容量が溢れてしまう事態はなるべく起こしたくない。先回りして遠慮を封じるように頭に手を乗せて軽く撫でると、寄って来た店員にレジに取り置いてもらうよう服を渡し、香織に合流した。

「お前、いつの間に買ったんだ」
「さっき、可愛いのがあったから、つい。帰ったら荊兎ちゃんに着せてみて。サイズは合ってるはずだから」
「わかった。お前の趣味だからな、間違いはないんだろうが」

 店のロゴが入った大きなトートバッグを掲げて見せる香織に、悠は嘆息交じりに礼を言う。いったいどれだけ買ったのか、帰るのが楽しみなようで恐ろしくもある。
 ワンピースを選んだらあとはそれに合わせる小物類も見たいということになり、悠は荊兎の手を引いてバッグやアクセサリーが並ぶ棚の前に来た。



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